<沖縄の伝説ぶらり歩き> 羽衣伝説 ~ 宜野湾市真志喜「森の川」

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初回投稿日:2015.12.28
 最終更新日:2024.04.08

<沖縄の伝説ぶらり歩き> 羽衣伝説 ~ 宜野湾市真志喜「森の川」

伝説とは面白いもので、ときには“あるひとつの伝説”が姿形を変えて、私たちの目の前に現れることがあります。日本各地、ともすると世界各地で、「これと似たような話をどこかで聞いたような」と思うことはありませんか? 

森川公園内にある名勝「森の川」
宜野湾市真志喜の森川公園内にある名勝「森の川」
 
たとえば、天女と羽衣(はごろも)が登場する「羽衣伝説」。南の島、沖縄にもいくつかの羽衣伝説が残っています。1372年、琉球から初めて中国・明へ朝貢し、進貢貿易を始めた中山王・察度(さっと)。今回は、“察度王は天女の子どもだった”という宜野湾市真志喜(ぎのわんしましき)に伝わる「森の川(ムイヌカー)」の羽衣伝説をぶらりと歩きます。

森川公園のムイヌカー
沖縄本島内に点在する羽衣伝説。なかでも森川公園のムイヌカーが広く知られています。
 
沖縄本島の宜野湾市真志喜にある森川公園。パイプライン通り側の公園の駐車場から歩いて1分足らずのところにある涌泉「森の川」。枯れることなく、今日も湧き水がとうとうと流れ落ちるムイヌカーが察度王の羽衣伝説の舞台です。

湧水のひとつ「森の川」
1967年に沖縄県指定名勝に指定された沖縄県の代表的な湧水のひとつ「森の川」。
 
ムイヌカーで沐浴していた天女と出逢った貧しい農民の奥間大親(おくまうふや)。天女の羽衣を隠した奥間大親は、首尾よく天女を連れて帰り妻にしました。やがてふたりは一男一女をもうけます。ある日、弟をあやす娘の歌から羽衣のありかを知った天女は、羽衣を羽織ると子どもたちとの別れを惜しみつつ、空高く天に帰ってしまいました。

ウガンヌカタ拝所
ムイヌカーのすぐ側にあるウガンヌカタ拝所。周囲には厳粛な空気が漂っています。
 
歳月が流れ、「謝名(じゃな)もい」と名付けられた男の子は立派な若者に成長しました。謝名もいは、勝連按司(かつれんあじ)の娘の婿選びの場へ出掛けますが、按司からは貧しい農民が分不相応に、と鼻であしらわれます。ところが、謝名もいをひと目みた按司の娘は、「この人はただ者ではありません」と謝名もいとの結婚を望み、ふたりはいっしょになりました。※按司とは13世紀頃から登場しはじめた有力な地域の首長、いくつかの村落の支配者。按司のなかでも、良港をもつ浦添(うらそえ)・読谷(よみたん)・中城(なかぐすく)・勝連(かつれん)・佐敷(さしき)・今帰仁(なきじん)などの按司がとくに勢力を強めていきました。

宜野湾市指定史跡の西森碑記(にしもりひき)
岩の上にある橙色の石碑は、宜野湾市指定史跡の西森碑記(にしもりひき)。1725年、向氏(しょううじ)伊江家の人々が、石碑の前にある石門とムイヌカーの石積み工事を行い、その完成を記念し建立した石碑です。羽衣伝説と察度王の出自についても記されています。
 
結婚したふたりは大謝名(おおじゃな)にある謝名もいの家に帰りました。妻が目にしたのは、いまにも崩れ落ちそうなボロボロの家屋と、その周囲の畑にたくさんの黄金が転がっている様でした。妻から黄金の価値を知らされた謝名もいは、その黄金でたくさんの鉄を購入して農具を作り、周囲の農民に分け与えました。

御香炉(ウコール)には、まだ新しい平御香(ヒラウコー)が
御香炉(ウコール)には、まだ新しい平御香(ヒラウコー)が。つい最近もお参りされた方がいらっしゃったことを物語っています。
 
この頃の琉球は、中山・北山・南山と3つの勢力圏に分裂していました。人々から信望を得た謝名もいは、その後、中山の王位につき察度王として、1350~1395年の間、中山を治めたのでした。

「奥間大親 察度王 天女羽衣」と刻まれた石碑
「奥間大親 察度王 天女羽衣」と刻まれた石碑。背後には深い森が広がっています。
 
<沖縄の伝説ぶらり歩き>。ウガンヌカタ拝所の辺りは、静けさのなかにピーンと張り詰めた空気。とくに、西森碑記の背後に広がる深い森は、まったく人を寄せ付けない、ただならぬ雰囲気を感じます。拝所を目の前にしたときは、名前をはじめ自分がどこの誰かを詳しく告げ、ここにお参りできたことに感謝の言葉を述べ、どうしてここに来たのか、その目的を報告します。これはどの島の、どこの拝所へ行った時でも必ず私が行っている、祖母の教えをベースにした私なりの流儀作法。感謝の気持ちと謙虚さを忘れてはならないと思い、必要があれば、必要な場所で、何度でも行っています。もちろん今回も、自分の素性を明かし、ごあいさつをしました。

朱色の丸っこい形をしたものはソテツの実
森川公園内にはソテツがたくさん植わっていました。ソテツは九州南部および南西諸島に分布する南国らしい植物。朱色の丸っこい形をしたものはソテツの実です。
 
西森では心なしか少し緊張した時間を過ごしましたが、せっかく森川公園に来たのですから、ぶらりと歩いてみない手はありません。公園の端の西森から、公園の中央へ向かって歩いてみると、ピンクや赤紫色のブーゲンビリアの花、サンニン(月桃)、オオタニワタリなど、静かな公園は沖縄の緑がいっぱい。階段をゆっくりと登っていると、不意に後ろから女の子たちの賑やかな声が聞こえたかと思うと、私の横を駆け上がって行きました。とても楽しそうだったので、どこへ行くのだろう、となんとはなしに後を追います。女の子たちが向かった先には急勾配の大きな滑り台がありました。滑り台に座ると、「いくよー!」と合図を送り、お父さん、お母さんたちが待つ広場へ滑っていく女の子。ご家族でとても楽しそうな様子が、拝所からの緊張をホッと解きほぐしてくれました。

大きな滑り台
急斜面の大きな滑り台。大きなオネエさんにはちょっと勇気が必要ですが、一度は滑ってみたいかも(笑)
 
滑り台をあとに、さらに階段を登って行くと、公園の頂上へ到着。緑に包まれた世界から一気に視界が開け、宜野湾市内と海が一望できる気持ちの良い展望台になっていました。風が心地よい高台で、買って来たおにぎりとお茶で一服。目の前に広がる景色がごちそう。コンビニのおにぎりがいつもより美味しく食べることができました♪ 
 
羽衣伝説が伝わる森川公園は、むかしを偲ぶムイヌカー、威厳に満ちたウガンヌカタ拝所、大きな滑り台、見晴らしの良い展望台、いろいろな表情をみせてくれたのでした。
 
ムイヌカーに伝わる羽衣伝説をモチーフに、宜野湾市では毎年8月に「宜野湾はごろも祭り」を開催。察度王歴史絵巻行列、飛衣羽衣(とびんすはにんす)カチャーシー大会、はごろも花火フェスタなど、イベント盛りだくさんの2日間です。宜野湾市を代表する夏祭り「宜野湾はごろも祭り」にもお出掛けしてみては?
 
森川公園での眺め

森川公園

住所 /
沖縄県宜野湾市真志喜1-24-1

沖縄CLIP編集部

安積 美加(あさか みか)

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