沖縄観光情報:ウマチーヌウトゥ<お祭りの音>小浜島の結願祭「スクミ」

ウマチーヌウトゥ <お祭りの音> 小浜島の結願祭「スクミ」

post : 2016.01.20 21:00

 
ウージ(さとうきび)が島風に揺れ、のんびりと牛が草を食む。ゆるやかに時が流れる八重山諸島の小浜島(こはまじま)に、毎日夜ごと、八重山民謡、沖縄民謡、古典、さまざまな曲を奏でる唄三線や笛の音が聞こえる期間があります。そのひとつが、「結願祭(キツガン)」の1週間前。7日後のショウニツ(正日)に向けて毎晩、奉納芸能の練習が行われているからです。練習期間中、舞手は音楽テープで踊ることはなく、すべて、唄や三線など演奏を担当する地謡(じかた)の生唄生演奏で、舞踊の練習が毎夜繰り返されるのです。

 
2007年、国の重要無形民俗文化財に指定された小浜島の結願祭。今年の豊作と健康、祈願成就に感謝し、一年の願解きと、来年の五穀豊穣、無病息災を祈願する祭事で、初日を「スクミ(仕込み)」、2日目を「ショウニツ(正日)」といいます。スクミで奉納芸能の総稽古が行われ、ショウニツで伝統芸能の神前奉納が行われます。
 
ウヤムラ(親村)である北とファームラ(子村)である南、ふたつの集落で構成され双分制となっている小浜島。ショウニツは嘉保根御嶽(カフニワン)において、北と南が交互に集落の伝統芸能を神前奉納しますが、スクミは北と南、まったく別々に行われます。今回は、南集落のスクミを拝見させていただき、奉納芸能の総稽古を一日追いかけました。

 
午後3時頃、「フクルクジュヤー」。フクルクジュヤーとは、南集落の守護神フクルクジュ(福禄寿)を保管し祀っている屋敷のことです。集まった男性は全員、母や妻といった身内女性による手作りのクンズン(紺染の着物)を着用しています。島人だけではなく、取材に訪れているカメラマンの姿もありました。はじめに、フクルクジュへ今年の感謝と豊穣予祝の儀礼が厳かに行われました。儀礼を終えると、唄三線、笛に合わせて、神役男性がフクルクジュの舞を披露したのを皮切りに、女性や子どもたちによるイキイキとした舞踊が次々と披露されました。座が盛り上がると指笛も飛び交い、本番同様の衣装を着けた舞手も、観ている島人たちも楽しそうです。

 
踊り終えた直後、舞手がそれぞれ小浜島の言葉で「ナニナニ家の誰々の長女の某です」とご挨拶。「あぁ、ナニナニのお孫さんか!」という声、激励の声、ときにはどっと笑い声が溢れる場面も。祖父の名や父の名を告げることで身元がわかるあたりが、なんとも島らしいと感じます。10演目近くの舞踊が和やかに披露されると、神役男性が先頭に立ち、明日のザーマーリィ(座廻り)の予行演習がはじまりました。「ファーマー(子孫役)のお母さん、子どもさんが神様より前を歩かないよう注意してください!」という言葉は、結願祭は神行事であると改めて思う一声です。ザーマーリィの予行演習を終えたのは夕方5時前でした。

 
夜7時半頃、島人たちが「センター」と呼ぶ小浜構造改善センター。クンズン姿の男性、子どもから大人まで、たくさんの人が集まり、会場は観客の期待の熱気を帯びています。舞台には本番で使用される幕が掛けられ、幕には「小濱南部落会之幕」「大正12年癸亥謹製婦人会」と記されています。島の方のお話によると「あの幕の中央に描かれた日の丸は、戦後、戦利品として取り上げられないよう染められていたんですよ。日の丸だとわからないように。だからあの日の丸は真っ白ではなく、少し黒ずんでいるんですよ」とのこと。幕一枚をとってみても島の、日本の歴史を感じます。

 
地謡のみなさんが一切の音響を使わずに三線を奏で唄い始めると、本番衣装を着けた演者さんたちによって美しい舞、狂言やユーモアたっぷりの愉快な踊りなど、次々と演じられました。小さな女の子が、舞台で踊る舞手さんを真似て楽しそうに踊る姿も愛らしく微笑ましい。すっかり踊りを覚えている様子から、“きっと毎年みている島の子なんだな。彼女も数年後には舞台で踊るんだろうなぁ”と数年先を想像していました。

 
夜9時半頃までセンターで披露された芸能が終わると、女の子や女性、地謡の方々はその足で「ブンドゥリヤー」へ歩いて移動しました。ブンドゥリヤーというのは、女性たちの踊りの稽古場のことで、毎年、新築のお家をお借りして、結願祭の1週間前からブンドゥリヤーで舞踊の練習を重ねるそう。神前奉納のショウニツまで、たった1週間で奉納舞踊を習得しなければならないとあって、夜7時半から深夜まで、ときには明け方4時頃までと、メーナチメーユル(毎日毎晩)、女性たちはブンドゥリヤーで踊りの稽古を続けます。

 
スクミの今宵は最後に練習ができる時間。「できるまで練習するんです」とブンドゥリヤーで稽古を続ける女性たち。明日は朝から神前奉納だというのに、時計の針が12時を過ぎても帰る気配はまったくありません。踊り手のひとりの女性に、「毎晩遅くまで練習をされている上、こんな時間までお稽古をされていてはお疲れでしょう?」と尋ねてみると、「気が張っているし、緊張しているから疲れないし、眠くもありません。疲れないというか、疲れを感じないんですよね。終わったらどっと疲れが出るんですけどね」と笑顔です。「見ていて楽しいでしょう? 大変だけど楽しいんです。神行事だから、させてもらっている、という想いがありますから」と誇らしげに語りかけてくださる女性。彼女たちのお話を聞いていると、 “デージ(とっても)練習して、多くの人々に見守られながら、神様に伝統芸能を奉納しつつ、神様も人間も楽しませることができる。とても大変そうだけれど、彼女たちは普通ではできない、特別な経験をされているんだなぁ”と、ちょっぴり羨ましく思えました。

 
一日ずっと拝見していて、私にはこのブンドゥリヤーがもっとも印象深いものになっていました。その理由は、もっとも間近で拝見していることだけではありません。観客のいないブンドゥリヤーで、最後の仕上げ稽古に一切の妥協を許さず、深夜を過ぎても、ひたむきに打ち込む舞手、そして舞手にとことん付き合う地謡、みなさんの姿に感銘を受けたからです。明日の神前での晴れ舞台のために、人知れず必死に練習を重ねてきた島の人たちの姿と心意気を垣間見たからに他なりませんでした。

 
実はフクルクジュヤーで儀礼がはじまる前に、地謡のおひとり上盛政秀(うえもりまさひで)さんに、「なぜ小浜島の祭事が国の重要無形民俗文化財に指定されたと思われますか?」と尋ねてみました。政秀さんはこうおっしゃいました。「これは私が思うことなのですが、文化財と決まったとき、実は、“どうして指定する必要があるの?”と少し疑問に思いました。だって文化財指定とは、なくなりそうなものを続けていくためのものでしょう? 小浜島の私たちにとっては、結願祭もお盆も、種子取祭も、まだまだ生きている祭りですから」。深夜のブンドゥリヤーで繰り広げられる情景が、結願祭は“生きている祭り”であることを強く物語っているように思えました。
 
スクミの一日を締め括る夜更け、赤瓦のブンドゥリヤーの上にはお月さまが輝いていました。島人の唄声と三線と笛の音色が、月明かりの小浜島の夜空に染み渡っていきました。
 
 
 
沖縄CLIPフォトライター 安積美加
 

 
<関連記事>
小浜島の結願祭 
 
 
 
 
まだまだ知られていないあなただけが知る沖縄の魅力を是非教えてください。沖縄の旅行情報のご投稿はこちらから。
 
 
〜もっと、沖縄が好きになる。沖縄CLIP〜

 

Information