沖縄観光情報:<沖縄の伝説・歴史ぶらり歩き>佐敷上グスクと「月しろ」

<沖縄の伝説・歴史ぶらり歩き> 佐敷上グスクと「月しろ」

post : 2016.12.25 21:00

沖縄本島南東部に位置する南城市(なんじょうし)佐敷(さしき)は、第一尚氏(しょうし)王統を築き上げた尚思紹(しょうししょう)・尚巴志(しょうはし)とゆかりの人々の足跡が色濃く残る地域です。
 
 
国道331号線沿いの佐敷小学校の東隣りにある大きな鳥居は、「佐敷上グスク(さしきうぃぐすく)」への門口です。
 
 
佐敷上グスク一帯は、南国の木樹が風に揺れ、小鳥のさえずりだけが聞こえる静寂に包まれた空間。
 
 
丘陵に建つ佐敷上グスクからは、尚巴志の祖父・佐銘川大主(さみかーうふすー)が伊平屋(いへや)から辿り着いたとされる馬天(ばてん)、中城(なかぐすく)湾や勝連(かつれん)半島を一望できます。
 
 
尚思紹・尚巴志が居住していた場所として伝えられる佐敷上グスク。1938年、尚巴志王500年祭を記念して、第一尚氏王統の氏子の方々によって、「月代宮(つきしろのみや)」が建立されました。月代宮には、佐銘川大主を大祖に、第一尚氏王統の歴代王が祀られています。月代宮と名づけられたのは、第一尚氏王統の守護神が「月しろ」であるからです。月しろは、王府編纂の地誌『琉球国由来記』や沖縄最古の歌謡集『おもろさうし』にも登場し、古くは「ツキシロ」という霊石があったとも伝えられています。
 
 
「月しろ」とは神名であり、月の神が依りつく依代(よりしろ)という意味もあります。対になると考えられるのが「てだしろ」、太陽神の依代です。王府編纂のふたつの地誌『琉球国由来記』と『琉球国旧記』には、かつて「てだしろ」と呼ばれていた場天(ばてん)ノロが聞得大君(きこえおおきみ)に神名「てだしろ」を付与した際に、同名は畏れ多いと考えた場天ノロは以後「ヨナワシ大神(与那和志大神)」を名乗るようになったと記されています。佐銘川大主の娘である場天ノロは、第一尚氏王統を築き上げた尚思紹王の妹。聞得大君は、第二尚氏王統時代の神女組織の頂点に君臨する最高神女です。
 
 
第一尚氏王統以前の三山時代の中山・英祖(えいそ)王は「てだこ(太陽の子)」と呼ばれていました。このことからも、古琉球の人々のあいだには太陽神信仰が根付いていたことがうかがえます。ゆえに、場天ノロは「てだしろ」と呼ばれていたのでしょう。大切な神名「てだしろ」を聞得大君に譲り渡すことは、第一尚氏王統から第二尚氏王統へ王権の宗教的権威の移行のためであったとも考えられます。
 
 
ヨナワシ大神となった場天ノロですが、ヨナワシ大神と呼ばれていた期間は短かったと考える学者さんもいらっしゃいます。次に名付けられた神名は「月しろ」。「てだしろ」を失った第一尚氏は、太陽神から太陰神を守護神にしたのではないだろうか。それは、太陽信仰とともに、琉球では太陰神を信仰する伝統があるからなのです。
 
 
<沖縄の伝説・歴史ぶらり歩き>
第一尚氏王統の守護神「月しろ」や霊石「ツキシロ」の伝説は、神名「てだしろ」の譲渡を考えると、第二尚氏王統が樹立されてからのことなのかもしれない。真偽はわかりませんが、そんなふうに考えることもできます。歴史とは勝者がつくるものなのでしょうが、「つきしろ」ひとつとってみても、こうした政治的背景や歴史がみえてきます。もちろん諸説ありますが、琉球の歴史や伝説をさまざまな角度から紐解くことはとても楽しいことです。琉球の歴史を検証することは、私にとっては、哲学のようにも思えています。
 
沖縄CLIPフォトライター 安積美加
 
 
【沖縄の伝説・歴史ぶらり歩き方】
■佐敷上グスク/沖縄県南城市佐敷佐敷1155
 
 
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沖縄県南城市佐敷佐敷1155