沖縄観光情報:サバニが生まれるまで<第1回>ティーンダシ

サバニが生まれるまで <第1回> ティーンダシ

post : 2017.01.26 12:00



2016年の年の瀬、沖縄本島南西部の糸満市(いとまんし)は、気持ちのよい青空が広がっていました。清涼な風に背中を押されて訪れた先は、糸満漁協漁船保全修理施設にぴったりと寄り添うように建っている小さなサバニ工房です。



サバニとは、沖縄の伝統的な木造舟のことです。沖縄県下で数少ないサバニ大工である大城清さんと高良和昭さんが、新たにサバニを作られることをご縁あって知りました。今回は、2017年7月1~2日開催予定の「第18回サバニ帆漕レース」に出場されるご自身たちのチームのサバニ制作です。幸運にもその工程を取材させていただけることになり、この日は1回目の取材に訪れたのでした。




「サバニは、先人たちが残してくれた海人(うみんちゅ/漁師)の魂のかたまり」と語る大城さんの工房を占有するように、長さ8メートルあまりの大きな材木が置かれていました。半年以上かけて乾燥させた樹齢70~80年になる宮崎県産の飫肥杉(おびすぎ)です。これからどんな作業がはじまるのだろう。「サバニには設計図がない」と、どこかで聞いた言葉を思い出し、念のため、「制作するサバニの設計図はあるのですか?」と尋ねてみました。すると、「ないと言えばないのですが、私のアタマの中にすべて入っています。なので、描けばありますよ」と大城さんから自信に満ちた言葉が発せられました。大海原を疾走するサバニに寸分の狂いも許されません。その言葉は、サバニ大工をはじめておよそ50年、長年の経験と知識と勘を有する大城さんが熟練の職人だと確信させるものでした。



「今日行うのは“ティーンダシ”です。方言でティーは“手”のこと、ンダシは“出す”という意味です。ティーンダシは“手を出す”、“手をつける”ということ。つまり、“これから着手しますよ”という意味合いです。刃物を使う大工の安全祈願であり、また、良い舟が生まれますように、とお祈りもするのです」と大城さんが解説してくださいました。ティーンダシは、起工式と安全祈願をあわせもった神事と捉えることができそうです。サバニの完成は、「生まれた」と表現します。かつて、「サバニは女房より可愛い」、「舟は生きもの」という海人もいたそう。樹から生まれるサバニには樹の精が宿っているからなのか。「魂が宿る」とまで言われるサバニは、夢と生命をかけた海人にとって、単なる「舟」という範疇を超越した存在なのでしょう。ゆえに、サバニは「できた」ではなく、「生まれた」という言葉を使うのかもしれません。



舳先となる材木の根元は、東に向けて置かれています。東は、新しい生命が生まれるとされる方角、夜明けの太陽とともに力がみなぎる方角とされるからです。大城さんと高良さんは、舳先となる材木の上に手斧、ノミ、カンナ、鋸、金槌などの代表的な大工道具を丁寧に並べました。中央には米、塩、酒(泡盛)、果物が供えられました。すべての準備が整うと、神妙な面持ちで、東を向いて跪き(正座)をされました。大城さんの囁くような声を唱導に、おふたりは祈りを捧げます。



祈りから顔を上げると、おふたりは手斧を持ちました。ふたりの呼吸を合わせて、材木の尖端を手斧でやさしく三度叩きます。カン、カン、カン。この音が、サバニの制作開始の合図のようです。背丈以上の材木と向き合い、大城さんと高良さんの真剣勝負が、ここからはじまるのです。



腰を上げたおふたりは、今度は舳先となる部分に米、塩、酒をほんの少しずつ注ぎました。


パラパラパラ。パラパラパラ。静寂のなかで、米の粒が踊り、塩が穢れを払います。


材木の上に米と塩を振りながら、おふたりは材木のまわりをぐるりと一周。一連のお清めが終わると、再び、東に向かって座り直されました。今度は声を発することなく、瞼を閉じて、それぞれが想い思いの祈りを静かに捧げられています。静寂に包まれた工房で、流れるような所作を、息を潜めてじっと見つめていました。初めて目にするティーンダシは、小さな工房にふたりのサバニ大工さんだけです。場所や人数を問わず、祈りの場は、つくられるのです。ふたりの敬虔な祈りは、間違いなく神様に届いているように思えました。


急ぐことなくゆったりとはじめられた準備から最後の祈りを終えるまで、およそ50分に渡るティーンダシは、海の潮が干潮から満潮へ向かう間にしめやかに行われました。かつては、「結納」の儀式も満潮に向かう時間帯に行われていたそう。祝い事や幸を招きたい場合は満ち潮に合わせるのです。潮の満ち干きに重きをおいて神事を執り行うのは、海に囲まれた沖縄ならではの営みなのでしょう。




大城さんが「ティーンダシ」と言う神事を、「ティーンダティ」と表現することもあります。よく似ている言葉ですが、後者の「ティーン」は「手斧」、「ダティ」は「立てる」という意味です。ティーンダティは、三度叩くときに手斧を立てる動作からきているようです。「ティーンダシ」と「ティーンダティ」。ふたつは、起工式・安全祈願という同じ内容を指していますが、表現が違っています。言葉は、人や地域、時代によって移り変わっていくことの表れなのです。「言葉は生きものである」ということを、ティーンダシを通して、身をもって知ったのでした。(つづく)


沖縄CLIPフォトライター 安積美加 


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