沖縄観光情報:民芸館や骨董屋さんめぐりで、“古い沖縄にふれる”新鮮な旅時間へ【PR】

民芸館や骨董屋さんめぐりで、“古い沖縄にふれる”新鮮な旅時間へ【PR】

post : 2017.03.28 23:00

 
 
琉球王国時代やそれ以前からの独特の文化や歴史をもつ沖縄。特に工芸においては、この小さな島にこれだけの染織や陶・漆器、石造技術が存在するのは世界的にもめずらしいことだそうです。それをより直接的に感じられるのが古い沖縄の工芸品や民具・道具たち。博物館や美術館でガラス越しに見るのとは格段に違う“間近さ”“身近さ”で古いモノたちを通してみえてくる沖縄の表情を新しい旅の楽しみに加えてみませんか。骨董屋さんは敷居が高いと思っている人や、初めての方にもおすすめの民芸館や骨董屋さんをご紹介しましょう。
 
まず、最初にご紹介するのは沖縄市にある『諸見(もろみ)民芸館』です。沖縄でも数少ない私設の民芸館で、開館は沖縄が本土復帰する前の1971年。3階建の館内には膨大なコレクションがところ狭しと並びます。館主の伊禮(いれい)さんは、県内最大級のコレクターの一人でもあります。「若い頃からね、父や弟と一緒に、本島はもちろん、離島も全部まわって集めたものなんですよ。家々を一軒一軒訪ね歩き昔から使われてきた民具を譲っていただいたり、土の中に埋もれている古い陶片を掘り出したり。大変だったけど楽しかったなぁ」と伊禮さん。
 
 1975年に開催された『海洋博』の沖縄館へもたくさんの戦後資料や民具を貸し出したそうで、ここにない民具はないだろうといわれています。農具や民具、戦争関連の資料、泡盛に関する道具、ウミンチュ(漁師)の道具・・・ありとあらゆる戦前戦後のくらしの中にあったモノたちが、やがて消えてしまうはずだったかもしれない運命を逃れ、佇んでいます。

 
三線を入れていた木箱や、王族・士族らが使っていた『ケー』とよばれる衣裳や調度品などを入れる長持ちなど、琉球王国時代までさかのぼる貴重なものが無造作に積まれていたりします。
 
昔の人たちが使っていた道具、生み出したモノを間近で眺めていると、素朴なようでいて、実は機能性に富んだ洗練されたフォルムのモノ、大らかで自由な形や色づかいなど、実に多彩なことに気づきます。機械や大量生産の既製品に囲まれて暮らす現代の日常で忘れてしまいがちなモノへの“愛着”、丁寧に暮らすことの大切さなどを思い出させてくれるようです。
 
 
続いては、やちむん(陶器)のまち壼屋(つぼや)ににある新・古美術の『陶宝堂』です。その名の通り、古いものはもちろん、近現代の作家さんや工房のやちむんも多く取り扱っていて、新旧織り交ぜながら、見比べ・買い比べが楽しめます。
 
二つ並んだ店舗のうち、こちらは陶磁器・着物・漆器など日本本土のものとアジアのもの、沖縄のものが入り混じって並びます。芭蕉布(ばしょうふ)や久米島(くめじま)絣などの古い着物はたいへん希少で、古布のハギレとともに女性客に高い人気です。
 
 
こちらは、陶宝堂のオーナーの金子さん。手にしているのは『渡名喜瓶(となきびん)』とよばれる古陶です。渡名喜瓶とは、泡盛を墓前にお供えする際に用いられた酒器で、18〜19世紀頃を中心に作られていました。
 
 
きりりとして、ふくよかなその独特な形は沖縄にしかない貴重なもので、全国にファンを多くもちます。何百年も経った飴釉(あめゆう)の艶。私たちよりもはるかに長生きです。もう本来のような使われ方をすることはなくなりましたが、花活けにして室礼を楽しんだりする方が多いのだそう。“カタチ”としてモノが受け継がれていくことで、歴史がリレーされているのですね。
 
 
県外出身の金子さんが沖縄で骨董を扱うようになったのは1980年代のこと。「沖縄に来た頃ね、民家の庭やなんかにゴロゴロあらやち(荒焼き)の壼が転がっているのを見て、なんて素朴でいいんだろうって感動したんだよね。すごく印象的だったなぁ」と金子さんは語ります。
 
3つめは、那覇の公設市場に面した市場本通りに小さな間口の店を構える『西平商店』です。オーナーは、このファッション誌から抜け出たような出で立ちの西平さんです。
 
鰻の寝床ほどの店内には、人間国宝の金城次郎(きんじょうじろう)をはじめ、沖縄のやちむんの名工たちの作品がずらりと並びます。それものそのはず、西平さんのご実家は壼屋やちむん通りの名店『まじる商店』。幼い頃から、晩年の金城次郎さんや名工たちとの交流を経験してきた、若き目利きの一人です。直接譲り受けた貴重な作品を桐箱から出して見せてくれたり、資料の本を引っ張り出してきてはその作品の魅力について熱く語ってくれます。
 
 
ショーケースの中には、魚紋以外の次郎作品や、民芸運動の柳宗悦らとともに沖縄の工芸に影響を受け、同時に内外に広めた河井寛次郎や浜田庄司の作品が西平さんのセンスでコーディネイトされています。
 
 
ちなみに西平さんのお気に入りはこちら。「龍の盛り付けがほどこされた鶴首は今ではなかなか珍しいと思います。龍もとてもいきいきとしていて好きなんです」とのこと。
 
 
もともとアパレル関係の仕事をしていたという彼、西平商店をオープンして3年になるそうです。骨董が初めてという人にも、その人に合う品(モノ)をきっと上手に見立てたり、普段使いでの楽しみ方をそっと伝授してくれることでしょう。
 
 
最後にご紹介するのは、那覇市松山にある『観宝堂』。沖縄が本土復帰した1972年に開店。東京にも支店を持ち、県内外の美術館や博物館にも多くの琉球古美術を納める名店です。
 
 
ゆったりと観賞できるよう、店内は落ち着いた設えになっています。壁に掛けられているのは琉球王国時代の文人、鄭嘉訓(ていかくん)の書です。琉球の文人(政治家である士族)たちは、3カ国語(中国語・日本語・琉球語)を自在に操るマルチリンガルだったことは意外に知られていないところです。
 
 
螺鈿や堆錦、箔絵など独特の技術を誇る琉球漆器も、日本本土や中国への交易品として重宝されました。「かつて沖縄が琉球というひとつの王国だった時代、やきもの、染め織り、漆器、金石(石碑や鐘)などすべての工芸がこの地にありました。ひとつの地域(都道府県)の中にこれだけ多彩な文化が今でも継承されているのは、京都や金沢をのぞいて、沖縄ぐらいのものだと思います。これはかけがえのない魅力だと思いますよ」とオーナーの吉戸さんはいつも話してくださいます。
 
 
「たとえば、琉球王国時代の古い紅型もこうやって額装するとモダンなインテリアとして楽しんでいただけますよ」。オーナーの吉戸さんが東京のお店と行ったり来たりで不在の場合でも、奥様やスタッフの方が丁寧に案内してくれます。敷居が高いと思われがちな古美術を、できるだけ日常に近い空間や室礼でゆったり見て味わってもらいたいという思いが伝わります。
 
 
特に沖縄が日本に復帰する1972年代前後、戦後の混沌とした状況の中で沖縄の人たちは、自分たちが何者であるのか自らのアイデンティティについて模索します。そんな中で、現在、沖縄のコレクターといわれている人たちは自分たちの足もとに転がっている古いものを無心に集め始めます。モノを通して、自分たちの歴史やバックボーンについて知ろうとしたのだといいます。モノの背景に見え隠れする歴史を通して、忘れられていた・失っていた自分を取り戻そうとしたのです。沖縄で骨董を扱う目利きのみなさんに共通していえるのは、単に商売として古い沖縄のものを扱っているだけでなく、彼ら一人一人が歴史の遺物や文化財の、良き研究者でもあるということでしょう。
 
 
私たちが古いモノに懐かしさを感じたり魅かれたりするのは、古いモノが持っている時間の力や、記憶を呼び覚ます装置のような役割を果たしてくれているからかもしれません。沖縄の古いモノにふれ、“目利き”のあるじたちとの会話を楽しむ時間が、あなた自身の中の懐かしい記憶や感覚がふと蘇ったり、忘れていた本来の自分を取り戻すひとときになってくれたらいいなと思います。
 
 
諸見民芸館
住所/沖縄市諸見里3-11-10
TEL/098-932-0028
営業時間/9:30〜16:30
定休日/無休(都合により閉館あり)
入館料/一般300円
 
陶宝堂
住所/那覇市壼屋1-7-9
TEL/098-866-6661
営業時間/10:00〜19:00
定休日/無休(不定休)
 
西平商店
住所/那覇市牧志3-3-1
TEL/098-866-1816
定休日/不定休
 
観宝堂
住所/那覇市松山1-23-1
TEL/098-863-2643
営業時間/10:00〜18:00
定休日/月曜
 
 
沖縄CLIPフォトライター 鶴田尚子 
 
 
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*この記事は、沖縄県のスポンサード記事です*
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