沖縄の原風景がよみがえる宜野座村の純黒糖

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初回投稿日:2018.02.11
 最終更新日:2024.04.12

沖縄の原風景がよみがえる宜野座村の純黒糖

渡久地克さん

いろんな場所にいろんな人が暮らしている。それぞれの場所はそれぞれの空気感で満たされている。そして、そこには独特の匂いが、印象的な音がある。狭い島の中でもそれは同じ。那覇(なは)の公設市場、コザのゲート通り、やんばるの集落。そこでは目の前の風景も、時間の流れかたもそれぞれだ。そして、一つひとつの場所で、誰もが毎日を一所懸命に生きている。

ある晴れた日曜日、いつもと違う空気を吸いたくなって、車を走らせ北に向かった。目的地に近づくにつれ、道路は2車線から1車線に変わり、車窓の向こうを流れていくものが、コンクリートの建物から青い海に、そして、米軍基地のフェンスに変わっていった。

渡久地克さん

目指したのはやんばるの南の玄関口、宜野座村(ぎのざそん)。国道から村道に入ると、のどかな田園風景が目の前に広がってきた。スピードを落としながら静かな集落を抜けていく。間もなくポストカードか何かで見たことがありそうな、牧歌的なさとうきび畑が現れてきた。手作りで建てられたブロック積みの小屋の脇に車を駐めて外に出る。どこか懐かしい甘い香りが漂ってきた。小屋の前の畑では、さとうきびがザワワザワワと北風に揺れていた。こんな感じの匂いと音の風景は、数十年前まで沖縄では馴染み深いものだったそうだ。

昔ながらの製法で黒糖を作る

「サーターヤー(砂糖の家)と呼ばれる小さな製糖所が集落ごとにあった戦前と戦後復興してからのしばらくの間、冬になると甘い香りが村々に漂っていたんですよ」。出迎えてくれたのは宜野座生まれの渡久地克(とぐち・すぐる)さん。学校を卒業して村を離れ、那覇でサラリーマンをしていたが、4年前に故郷にUターンして昔ながらのやり方で黒糖を作っている。

黒糖を作る機械

「この機械は僕のおじぃが使っていたやつなんです。味があるでしょ。歯車は70年くらい前に作られたって聞いてます。石垣島でおじぃの弟が使っていたのを30年以上前にもらってきたそうです。自分で台座を作って農業用のエンジンを取り付けて…。すごいでしょ。うちのおじぃは黒蜜が大好物でね。自分が納得できる黒蜜を食べたいからという理由で黒糖作りはじめたんです」。

さとうきびを絞る機械

「さとうきびをこの機械で絞って、鍋で煮詰めていくんです。固めるために石灰を加えるんですが、黒蜜の場合は固まるか固まらないくらいの微妙な塩梅で少し だけ使います。だから、石灰特有のえぐみがなくて、何にも邪魔されないピュアな風味を楽しめるんです。黒糖も、石灰の量は少なければ少ないほどおいしく仕 上がるんですよ。ちなみにおじぃが子どもだった頃は石灰の代わりにサンゴをアルカリ分として使ってたそうです」。

さとうきびを作る機械

渡久地さんによると、黒糖の味を左右するのは石灰の量だけではないそうだ。例えば、さとうきびの品種。「さとうきびは品種改良が進んでいるんです。製糖工場は白砂糖の生産が主力なので、糖度が高い品種を求めるんですね。農家にとっては同じ面積でたくさん収穫できた方がいいわけですから、収量が高い品種を求めます。このニーズによって、むかしの品種が持っていたミネラル豊富で香り豊かでコクのある持ち味がどんどん失われていったんです」。農業を持続させるためには効率を求めなければいけない。それはいい悪いではなく仕方のないことだけれど、効率化によって失われるものもあるというのも事実のようだ。

さとうきび

「古い品種ほど甘みとコクがあるんです。その代わり収量は少ないし、糖度を上げようと思ったら肥料をたくさん使わないといけない。でも、好きな品種はおじぃも好きだった農林8号なんです。格が違いますから。僕が今やっているのは時代に逆行することなんです。さとうきびを絞るのも昔ながらの機械を使ってゆっくり絞る。しかも一番搾りだけ。だから雑味が少ない。一般的には、一回搾ったさとうきびをもう一度絞るんですけどね」。

搾り汁を清明鍋(しんめいなべ)に移し、薪で炊いていく

搾り汁を清明鍋(しんめいなべ)に移し、薪で炊いていく。「ガスを使った方が温度管理が楽だし、時間も短くて済むんですけど、おじぃから教わったやり方で僕は炊いてます。昔の人は長年の経験の積み重ねでどうやったら美味しい黒糖ができるかを知ってたんですよね。おじぃも、薪のくべ方を長年もかけて工夫していたみたいです」。

清明鍋を見守る

「時間をかけて、できる限りゆっくり優しくかき混ぜるんです。そうすると空気をたっぷり含むので舌触りの良い、柔らかい黒糖になるんです。おばぁたちは黒砂糖がこうしてできあがることを『黒糖が生まれてくる』と言ってたんですよ」。子どもが生まれるのと一緒で、毎回状況や環境は違うし、材料も違う。そして生まれてくるものも一つとして同じ時はない。ていねいにゆっくり、その時を待つという点でも黒糖づくりは出産と近しいのだろう。

さらさらの液状だったきび汁がトロトロと粘り気を帯びてきた

「目を離さずに見守って火力を調整し続けて、眼と鼻で判断していくんです」。横で見ているだけだけれど、香りが少しずつ芳ばしさを増していくのが分かる。ある瞬間に、さらさらの液状だったきび汁がトロトロと粘り気を帯びてきた。

さらさらの液状だったきび汁がトロトロと粘り気を帯びてきた

「おじぃがあの世に旅立って4年になります。大好きでしたね。子どもの頃から黒糖を作るのを手伝ってきましたから、黒糖には相当な愛着があります。おじぃがいなくなって、この小屋から甘い香りが漂うこともなくなって、寂しく思ってました。ある時から事あるごとに黒糖を作るようになったんです。作るたびに仏壇に供えてたんですが、親戚から『おじぃの味に近づいてきたね』って言われてね…。その時、おじぃの黒糖を自分が受け継ごうと決めて、会社を辞めて戻ってきたんです」。


黒糖

そのような思いから生まれてくる黒糖はとても美味しい。その美味しさは手間暇かけて作られたハンドメイドチョコレートにも劣らないくらいだ。沖縄に来たらぜひ、この黒糖を味わってみてほしい。そして、もし時間が許すなら、宜野座を訪れて、沖縄の原風景に触れてほしい。


黒糖

●渡久地さんが作る「宜野座の純黒糖」は道の駅 未来ぎのざ (宜野座村漢那1633/098-968-4520)や国際通りの黒糖屋(那覇市牧志1-3-52/098-861-4411)などで購入できます。また、渡久地さんの黒糖を使ったチョコレートはタイムレスチョコレート(北谷町美浜9-46 ディストーションシーサイドビル2F/098-923-2880)で販売しています。
 

沖縄CLIP編集部

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