沖縄観光情報:沖縄移住ストーリー/「DONABE-COFFEE」船田弘さんの場合

沖縄移住ストーリー/「DONABE-COFFEE」船田弘さんの場合

post : 2018.03.13 09:00



家の外では、壁に向かってひとりキャッチボール。室内では、はさみと紙を手に、工作をする。ぜんそくにいいからと水泳教室に通いはじめたら、そのうち市の大会で入賞するようになった。「器用貧乏だったんですよ」と、DONABE-COFFEEのオーナーである船田弘さんは、あどけない表情で話し始めた。

「半ば強制的に習わされた」というピアノがきっかけになったのだろう、中学生の頃、友人とバンドを結成。ドラム担当でスタートし、そのうちギターも触りはじめ、最終的にはベースに落ち着いた。ボウイやMr.Bigをカバーすることから始まって、高校生になってからは、自ら作詞作曲したオリジナル曲を演奏しはじめた。




 大学では福祉を専攻。ライブバーで弾き語りを始めた。ある日、ライブに出演してた時、同じく出演していたある女性と知り合った。沖縄生まれのまきさん。船田さんにとって運命の出会いだった。大学卒業後は福祉の世界へ。「人のためになる仕事がしたかった」という立派な理由と、音楽活動を続けるためには安定した仕事についたほうがいいだろうという現実的な理由があった。

音楽活動に専念しようと4年ほどして仕事を辞めた。インディーズレーベルから2枚、メジャーレーベルから1枚、CDをリリースした。所ジョージさんから「2007年のスター」とお褒めの言葉をもらったが、2年後に福祉分野に再就職した。そして、2011年に震災を経験した。




「家族と一緒に暮らせさえすれば他はオマケみたいなものだと思うようになりました。一つ屋根の下に入れたらなんとかなると、仕事も住む場所も決まっていませんでしたが、沖縄への移住を決めました」。当時、6ヶ月の子どもがいた。震災後すぐに、まきさんと子どもは沖縄へ移住。船田さんも4月の下旬には後を追った。知人も人脈もないゼロの状態で新しい生活が始まった。それまでの船田さんにとって、沖縄との接点はパートナーのまきさんだけ。沖縄に特別関心があったわけでもなく、沖縄の土を踏んだのも、まきさんの家族に結婚前に挨拶に来たのが初めてで、旅行に来たことも一度もなかった。




「縁がなかった沖縄でしたが、さすがに仕事が少ないことや沖縄戦のこと、米軍基地のことは知っていましたよ。移住してすぐ糸満(いとまん)の摩文仁(まぶに)にある平和の礎に行って手を合わせました。観光に来る感覚ではとても住めないと、平和祈念資料館に行って、過去を知って、沖縄を肌で感じたいと思ったんです。政治の話は好きではないんですが、さすがに知らないふりはできないですから。まきがいなかったら生きていけなかったはずです。言葉もわからないですし…。困ったことがあれば、どういうことなのか、どうすればいいか、すぐに聞けたので、本当に助かりました」。




 
「沖縄に住むなら自然が豊かなやんばるでという思いがありました。まきの実家にお世話になって、家探しをして、間もなく住む場所が見つかって、福祉と農業のあいのこの農業生産法人の仕事が見つかったんです。そのうち、ちょっとした冒険というか、無茶をやる余裕も出てきて畑を借りてコーヒーを育てたいと考えるようになったんです」。以前から、コーヒーを仕事にしようと考えてはいたけれど、自給自足にも、農業にも、特別な興味を抱いていた訳ではなかったというが、3.11が、栽培から精製、そして、焙煎と抽出まで一貫した流れの中でコーヒーと関わりたいという気持ちを強くした。

不動産経由ですぐに見つかったアパートとは違って、畑はなかなか見つからなかった。しばらくして、職場の同僚の親戚が畑を貸してくれることになった。実際のところ、沖縄では、人と人のつながりから物事が始まることがかなり多いのだ。




畑には大きな雑木が生えていたので、それらを抜いてはコーヒーの苗木を植えるというところから始める必要があった。黙々と作業を続けた。抜き終わるのに2年かかった。「コーヒーの木は植えてから3年くらいから身がつき始めるんですが、飲めるくらいの量がつくのには4、5年はかかるんです。その間に台風が来ますよね。コーヒーの木は風に弱いから、台風が近づく度に倒されるんですね。倒れたら木を起こす人もいますが、僕はそのままほっとくことにしています。倒れたままにしておくと新しい枝が伸びてきて、それが幹になるんですよ。ほっとけば植物は自分が生きてる環境と折り合いをつけようと、がんばってくれること気づいたんです。焙煎もお店の切り盛りもあるから、いい意味で手を抜くことを自然に覚えられたのはコーヒーの木のおかげです」。

移住してみて戸惑ったことももちろんあった。「時間の感覚ですかね。うちなータイムってやつです。見積りをお願いしても、ゆっくりで待ってもなかなか出てこない。それが嫌だというほどのことではないですが、ズレを感じました。それから、仕方ないことですけれど、ナイチャー(本土出身)であることで壁があるというか、疎外感がありましたね」。

基地問題で20年以上揺れ続けてきた名護だからということもあるのだろうけれど、選挙の度に地域がまっぷたつに割れることにも驚いたという。「普段は仲がいい人同士がピリピリした関係になるのにはびっくりしました」。




その一方で、文化の違いが新鮮だったりもした。「借りている畑には神様に祈りを捧げる御願(うがん)するための場所があったんです。自分で農業をやるようになって、旧暦のリズムで進んでいく生活が興味深いものに思えてきましたね。沖縄の季節の移ろいは新暦よりも旧暦にぴったりな気がするなあとか、それから、月の満ち欠けのタイミングによって収穫量が左右されるんだとか、新しい気づきの連続です」。

沖縄に暮らすようになって心の中にも変化が生じた。「人間が柔らかくなった気がします。時間厳守の世界にいたじゃないですか。『ちゃんとすること』がいいことだとされる世界に生きてきたわけですが、『ちゃんとすることが、必ずしもいいことではない』と、気づかせてくれるところが沖縄にはあります。お陰さまで、風邪を引かなくなったし、悩まされていた鼻炎も治りました」。




「コーヒーを自分で栽培するようになって、今までと変わったことがあるんです。首都圏で焙煎をしているときは、悪い豆を当たり前のこととしてはじいていたんです。味に影響しますから。でも、畑に通って、栽培するようになったら、悪い豆があるのが普通だとわかるようになったんです。福祉の仕事で得た経験と農業で発見することは繋がっているんですよ。良い悪いの違いって何だろう、普通って何だろうという問いかけですよね。自分に普通は他人にとっては普通ではない。沖縄にとっての普通と日本にとっての普通も違う。自分にとっての普通を揺さぶられたというか…」。




休みの日の過ごし方も変わった。「休みの日は家族と一緒に過ごすようになりました。向こうにいるときは、音楽とコーヒーが趣味でしたけど。名護にはいい公園が多いんです。眺めのいい公園とか。子どもも公園も好きなのでよく行きますよ。沖縄にいると海の存在が変わってきましたね。泳ぎに行く場所から浄めるための場所に。うちの子も海よりプールで泳ぎたがるんです。ありがたいことに、うちの子を見てると伸び伸び活発だなあと思うんです。高等教育を考えると不安な部分もありますが、情操教育的には沖縄はすごくいい。いい子に育ってくれています」。




インタビューの最後に船田さんが、これから沖縄に移住しようと考えている人にアドバイスをしてくれた。「住みたいと思う場所に住んでいる人と合うかどうか、うまくやっていけるかどうか、実際に滞在してみて、歩いたり、話をしてみたりして確かめたほうがいいですね。悪意はないかもしれないですが、移住してから地元の人に迷惑をかけてしまっているように思われている人もいますしね。『郷に入れば郷に従え』ですかね。素直な気持ちになって、地域の人に受け入れられるように努力するとか、役に立つとか。いい意味で憧れの気持ちを引っ込めてみるのもいいかもしれないです。移住してみたんだけど沖縄は合わなかったと内地に帰っていく人もいますよ。それから、コーヒーの栽培を沖縄で始めたいと、お店に相談にくる人もいます。でも、まずは住んでみてほしいですね。現実を知ることって大切だから。最初はいろいろあるかもしれないけど、地域とのつながりができて初めて住みやすくなるということも確かなことだし。そして、住んでいるうちにね、小さな愚痴がで始めるんです。それが、自分が沖縄の暮らしに溶け込んできたというサインなんです」。


DONABE-COFFEE
住所/沖縄県名護市城1-22-2
*カーナビなどで住所検索できないことがあるようです。きちんと表示されない場合「名護市城1-22-32」でご検索してみてください。
電話/0980-52-5003
営業時間/11:00~19:00
定休日/日曜日、第3土曜日
Webサイト/https://donabe-coffee.jimdo.com


沖縄CLIPフォトライター 福田展也

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Information

沖縄県名護市城1-22-2