めぐり逢う沖縄の染め織りvol.2  工房うるく

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初回投稿日:2023.08.07
 最終更新日:2023.12.03

めぐり逢う沖縄の染め織りvol.2  工房うるく

沖縄の現代工藝ギャラリーのオーナーが県内の染め織り作家を訪ねて、作家との対話から魅力を発見するインタビュー企画。第二弾は多くの染め織り&着物ファンの心を掴んで離さない「芭蕉布(ばしょうふ)」の工房へ。

沖縄のやちむん、琉球ガラス、紅型など魅力的な工芸が集うギャラリーショップ「Galleryはらいそ」。そのオーナーで沖縄CLIPフォトライター・河野こずえが、沖縄各地に点在する染め織りに魅了され「沖縄の染め織りの魅力をもっとたくさんの人に広めたい!」という思いからはじまる、沖縄県内の染め織り工房を訪れる連載「めぐり逢う沖縄の染め織り」。今回は、世界遺産に認定されたやんばるの大自然に囲まれた大宜味村(おおぎみそん)で芭蕉布の生地を作る「工房うるく」大城あやさんにお話を伺ってきました。

沖縄に受け継がれる染め織りたち

糸芭蕉と呼ばれる植物(バナナの仲間)

南国リゾートとして国内外からたくさんの観光客が訪れる沖縄には、意外と知られていない歴史があります。それは、1429年からおよそ450年にわたり、沖縄が「琉球」と呼ばれる独立した王国だったことです。日本史に置き換えると室町時代から明治時代。みなさんとても驚かれます。

一つの独立した国家として東アジア諸国との交易が盛んだった琉球では、王国の保護のもと漆、金細工、染織物などの工芸品が作られていました。中国、インド、インドネシア、ベトナムなどとの交易により工芸を通じた交流も盛んになり、琉球独特の工芸文化が発展していきます。このような背景から、多様な染め織りが沖縄に根づき今もなお受け継がれているのです。

染め織りだけでも、「紅型(びんがた)」「首里織(しゅりおり)」「芭蕉布(ばしょうふ)」「宮古上布(みやこじょうふ)」「八重山上布(やえやまじょうふ)」「八重山ミンサー」「知花花織(ちばなはなおり)」「読谷山花織(ゆんたんざんはなうい)」「読谷山ミンサー」「南風原花織(はえばるはなおり)」「竹富ミンサー」「琉球絣」「与那国織(よなぐにおり)」「久米島紬(くめじまがすり)」ざっと挙げただけでも14種類存在します。

これだけたくさんの染め織りが一つの都道府県に存在しているのは他に類を見ません。今回はその沖縄の染め織りの宝庫の中から「芭蕉布」についてご紹介いたします。

沖縄の自然の恵みから生み出された美しい芭蕉布

糸芭蕉と呼ばれる植物(バナナの仲間)から作った糸

芭蕉布は、沖縄県大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)を中心に糸芭蕉と呼ばれる植物(バナナの仲間)の繊維を使って作られる織物です。糸芭蕉を栽培してから「伐採」「繊維取り」「糸作り」「染め」「織り」を経て生地になります。これら仕上げまでを全て手作業で行うのが最大の特徴といえ、とても稀有な工芸品として知られています。

芭蕉の繊維を繋ぎ合わせて糸を作る作業「苧績み(うーうみ)」
芭蕉の繊維を繋ぎ合わせて糸を作る作業「苧績み(うーうみ)」

芭蕉布は琉球王国の時代から王族が着用し、また東アジア諸国や江戸幕府へ贈る貴重な貢物として重宝されました。庶民にとっては普段着から晴れ着まで用途を問わず愛用されます。高温多湿な気候のなか、涼をはらんだ快適な着心地の生地として親しまれていました。

しかし第2次世界大戦の波に争うことができず、芭蕉布の需要は減り衰退の危機を迎えます。

喜如嘉出身の平良敏子(たいらとしこ)は第二次世界大戦のころ、岡山県倉敷にある紡績会社へ就職します。そこで元倉敷民藝館館長・外村吉之介(とのむらきちのすけ)に師事し、染め織りの技術を深めます。既に芭蕉布の魅力を確信していた大原、外村両氏から「沖縄の織物を守り育てるように」と託されます。

当時盛んだった柳宗悦(やなぎむねよし)による民藝運動(みんげいうんどう・手仕事による日常使いの雑器やものに美を見出す運動)に多大な影響を受けた平良敏子は、故郷の喜如嘉へ戻ってから地域の方々と協力しながら芭蕉布を復興させます。2000年に重要無形文化財の保持者・人間国宝として認定されたことで「喜如嘉の芭蕉布」の認知度はさらに広がりました。

芭蕉布と道具

説明が長くなりましたが、芭蕉布は透き通る飴色に輝く美しい布で蜻蛉の羽のように軽やか。高温多湿な気候でも快適にすごせる極上の布ということです。全て手作業で作られるため、年間の生産量もごくわずか。一般の目に触れる機会が少ない希少な生地としても知られています。

そんな希少な芭蕉布に人生をささげる、一人の女性にお話を伺ってきました。

志村ふくみの作品に出会い染め織りの世界へ

「工房うるく」の大城あやさん

大宜味村の大自然に囲まれた工房で芭蕉布を作り続ける「工房うるく」の大城あやさん。彼女との出会いは、数年前に共通の知人である紅型作家の紹介で工房を訪れたことから始まります。

初めて大城さんが作る芭蕉布の帯を見た時の驚きは今でも忘れません。今まで自分がイメージする古典的な芭蕉布の印象とは異なり、とても薄くて繊細な美しさを放っているところでした。また、帯の柄も伝統的な柄にとらわれずオリジナリティがあり、現代の和装を嗜む人に喜ばれるモダンなデザインを取り入れていました。ふだん着物を着ない私でも「この帯はつけてみたい」と恋焦がれてしまうほど。

その印象が忘れられず「なぜこの途方に暮れる工程の芭蕉布作りに人生をささげているのか?」という思いから今回のインタビューに至りました。

芭蕉糸と織り機

関西で育った大城さんは、高校生の時に訪れた展示会で、日本の染織家であり重要無形文化財保持者・志村ふくみの手仕事に魅了されます。その後、沖縄県立芸術大学の染織科へ進学します。

地元関西や日本各地に染め織りの産地がある中で、なぜ沖縄だったのかを尋ねたところ、

「経糸(たていと)と緯糸(よこいと)で織り重なる染め織りの世界を学びたいと思い、自分が思い描く古典的な道具を用いた織りを学べるのが、沖縄県立芸術大学だったんです」。

と大城さんは語ります。

人生を決めた芭蕉布との出会い

芭蕉糸

大学時代、既成の糸で機織りを続けることに物足りなさを感じていたころ、喜如嘉で芭蕉布織物工房を営む平良敏子さん・美恵子さんによる2週間の特別講義を受講しました。

糸の素材となる芭蕉を育てる畑仕事から始まり、そこから収穫し、繊維を取り出し、糸を紡ぎ、撚りにかけて細い糸に仕上げて機織りをする。うっすらとピンクがかった美しい手織りの布の仕上がりに衝撃を受けた大城さん。

「自分の求める染め織りは芭蕉布だ!」

と確信します。

すっかり芭蕉という素材の虜になってしまった大城さんは卒業後、芭蕉布の伝承者育成事業に参加し3年間芭蕉布作りを学ぶことに。

その後、工房うるくを設立します。

芭蕉布を作るのには畑が必要です。県外出身の大城さんが、どのように畑の土地を手に入れることができたのか興味深く、無遠慮にも尋ねてみると

「夫と結婚する時に『芭蕉布を作りたいから結納品のかわりに畑をください』って頼みました」

と笑いながら教えてくれました。あっぱれ! とはこのことですね(笑)。

大城さんの手から生まれる芭蕉布のもつ魅力とは

芭蕉布

大城さんの手によって生み出される芭蕉布の魅力は、芭蕉の繊維に向き合いながら作られるきめ細やかな糸、そして伝統にとらわれず、自分の「好き」を忠実にデザインした図案にあります。

「芭蕉布の魅力はなんといっても繊維。触れれば触れるほど応えてくるんです。繊維が真っ直ぐなのでその性質を生かして無理をさせない織りを目指している。たくさん作れないからこそ、仕上がりにこだわって妥協しない生地作りに励んでいます」

と語る大城さん。

残念ながら、大城さんのように個人で工房を営む方の作品は市場に流通することがほとんどありません。その工程から年間に作られる生地は帯で1〜2本程度。着尺(きじゃく)とよばれる着物地はそれ以上の年月がかかるので、お客様の注文をこなしていくだけで精一杯。和装にとどまらず生地としてジャケットなどへ生まれ変わるなど新しい芭蕉布の世界を広げてはいますが、一般の方の目に触れる機会はごく稀です。

芭蕉布に限らず沖縄の染め織りの世界は、担い手が減少する一方で、すでに幻の布と化しているといっても過言ではありません。

芭蕉布

作り続けた先に見えてき芭蕉布の課題

後継者不足、従事者の高齢化、供給不足、着物業界の衰退化など、芭蕉布の抱える課題は山積みです。

大城さんは自身の作品を作るだけにとどまらず、母校の大学で芭蕉布の授業の教鞭をとったり、興味を持ってやりたいという若者たちの支援や、長年制作している先輩たちの作品をまとめて展示会に出品したり、個人としての活動の域を広げています。

Galleryはらいそが企画する東京でのイベントでは毎年芭蕉布のファンの方が集います。そこで芭蕉布の魅力をご提案できる仕組みを模索していたところ、大城さんが取りまとめてくださることになり、今年のイベントでも素敵な芭蕉布をお届けすることができました。

「工房うるく」の大城あやさん

大城さんにどの工程が好きか尋ねたところ、

「苧績み(うーうみ:糸を紡ぐ作業)ですね。若い時は座ってるのが辛くて好きじゃなかったけど、中堅になったっていうことかな(笑)。芭蕉布は布としての可能性がまだあると思っているんです。その可能性を広げるためには、若い人や先輩たちを巻き込んだ仕組みづくりが必要になってきます。それを誰かがまとめなくてはならないとなった時に、中堅の私がやることなんじゃないかなと思って。私は作家ではなく生地屋と思ってるので、芭蕉の魅力を生地として伝えていきたいです」

と頼もしく語る姿が印象的でした。

芭蕉を未来へつなげる取り組みをしている今後の大城さんの展開が楽しみでなりません。

沖縄の染め織りを堪能できる展示会

夏真っ盛りの東京で、沖縄の現代作家による手織りの魅力を楽しめるイベントを予定しています。琉球藍や宮古上布、南風原花織、紅型など沖縄の染め織りの魅力を日常に取り入れやすいアイテムでお届けいたします。

イベントポスター

【タイトル】魅惑の色彩 沖縄の染め織り展
【会場】銀座三越本館 7階 ギンザステージ
【期間】2023年8月8日(火)〜22日(火)(最終日 18時閉場)
【参加工房】紅型工房べにきち/花藍舎(琉球藍)/MARIKASI(南風原花織)/布遊SOU/琉衣(琉装)/染織工房timpab(宮古上布・宮古織)/染織デザインmieko(宮古上布・宮古織)/工房ぬりトン(漆アクセサリー)


また、毎年6月の後半に東京日本橋で、Galleryはらいそが企画する展示会「めぐり逢う沖縄の染め織り」が開催されます。紅型、首里織、芭蕉布、宮古上布、竹富ミンサー、琉球藍など、沖縄の多彩な染め織りが丸善3階ギャラリーに集まります。沖縄の染め織り作家が1年かけて制作した新作をお披露目。

沖縄にとって大切な「慰霊の日(6月23日)」を挟んだ1週間、沖縄の工芸を紹介していくイベントです。2023年度はすでに終了しましたが、2024年も開催いたしますので、沖縄でもなかなか見ることができない染め織りが一同に会する「めぐり逢う沖縄の染織り」をどうぞお楽しみに。
 

工房、イベントに関するお問い合わせ先

Galleryはらいそ

住所 /
沖縄県うるま市石川曙1-9-24
TEL /
098-989-3262
Webサイト /
https://haraiso.gallery

monobox(河野哲昌・こずえ)

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