南の島のエジソン少年は、やがて発明家になった

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歴史文化

初回投稿日:2016.01.13
 最終更新日:2024.04.11

南の島のエジソン少年は、やがて発明家になった

こんがり焼けた皮の下には薄い脂肪の層でもあるのだろうか、炙られた脂特有の芳ばしい香りが食欲をそそる。おどおどしながら口に入れると、噂通りの食感とともに燻製肉に似た旨味と芳香が舌から鼻腔へと広がっていく。
大宜味村に住んでいた頃、生まれてはじめてハブの藁焼きを食べた時の感想はこんな感じだった。
 
コスモス
 
地元の人に「やんばる」(山原)と呼ばれる沖縄本島北部の森深い一帯は、移住者だけでなく、ハブにとっても住み心地のよい場所のようで、たとえば集落の草刈り作業でハブに出くわすことはけっして珍しいことではない。
 
釣りをする子供たち
 
やんばると同じようにハブが多いのが鹿児島県の奄美大島だ。「700m近い山と青い海がひと連なりに続く奄美大島はやんばるにどことなく似ている」と福富健仁(ふくとみ・けんじ)さんは言う。高校までを奄美大島で過ごし、沖縄の大学に進学。卒業後もそのまま県内に残った福富さんはサラリーマンとして技術の道を歩んだ後、トマス技術研究所を設立。現在は環境へのインパクトが限りなく小さい小規模ゴミ焼却炉の分野でトップを走る技術者として注目されている。
「奄美には人口の10倍のハブが住んでいるって大人たちは言っていました。僕が子どもの頃はそ生け捕りにしたハブをハブセンターに持ってくと3,000円ももらえたんですよ」
危険をかえりみる代わりに一獲千金を夢見る子どもたちのつぶらな瞳が眼に浮かぶ。
手作りしたパチンコ(スリングショット:Y字型の持ち手にゴム紐をつないだ狩猟の道具)を手に野山に出ては、ひゅーす(ひよどり)などの野鳥を仕留めて焼いて食べる。目の前に広がる透明な海に出かけては釣竿を垂らして活きのいい魚を得る。
 
釣りをする子供たち
 
野生児という言葉が博物館に陳列される前の大らかな時代に、野・山・海で自然に抱かれながら幼少期を過ごした福富さんは、大人になって発明家になった。それも、自然や生きものにフレンドリーなだけでなく、離島や山間部に住む人にとっても優しいエコロジカルな製品のスペシャリストとして。
これまでの受賞歴は10回以上。10年前には東電や新日鉄と同じ表彰台に立って「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」を受けた。
 
バレーボール部の記念写真
 
「大切なのは、どれだけ大きなことをするかではなく、小さなことにどれだけ大きな愛を込めるかです」というマザー・テレサの言葉や「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい」というイエスの言葉を忘れないようにしている福富さんは、研究者としての謙虚さと社会的起業家としての奉仕の心を持ち合わせた人だ。
 
福富さんのお母さん
 
今からさかのぼること40年あまり。福富さんのお母さんは、野生児としてのたくましさに劣らぬほど、プラモデルのカスタマイズに改良と工夫の才能を開花させていた我が子の姿を眺めていたある日思い立って、島の本屋に一冊の本を注文した。海を越えて取り寄せたのはエジソンの絵本。さっそく我が子に読み聞かせをしたという。
「幼稚園生ながらに人の役に立つ仕事がこの世にはあることを知って鳥肌が立ちました」と大人になった福富さんは少年のように瞳をキラキラさせて当時を振り返る。
それから、十数年。琉球大学の工学部で機械工学を学んだ福富さんは文字通り、機関車トーマスのように人の役に立つという目標に向かってもくもくと進んでいくことになる。
 
海
 
そして、1997年に京都で開催されたCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)をきっかけにさらに目標が明確になった。
「いまのままだと自分の仕事はこの星と、ここに住む人や生きものの未来を奪ってしまうことになりかねない」。
便利さと快適さを求めるあまり化石燃料の浪費や有害物質の排出が進み、将来世代に引き渡すべき地球環境の価値を切り崩してしまっていることに気づいたのだという。
 
福富さん
 
それまで勤めていた会社を辞めた福富さんは沖縄県内のプラントメーカー勤務を経て2003年にトマス技術研究所を設立した。
人口が少ないからゴミの排出量がもともと少なく、近隣の市町村と共同で大規模なゴミ焼却炉をつくっても運搬に手間もエネルギーもかかってしまう。かといってダイオキシンの規制が厳しくなった時代にいままでのような簡易焼却炉を使い続けることもできない。
そういった離島や僻地の自治体の困りごとを解決しようと、発明王エジソンのファーストネームを冠した「研究所」は技術を武器に、人口が少ない地域に住む人と地球にやさしい小型焼却炉のトップランナーになった。
 
福富さん
 
開発した焼却炉の代表選手はダイオキシンの発生量は法的基準の2 %以下で煙もほとんど出ない「チリメーサー」。燃焼時に発生する蒸気、温風、温水を有効利用できるので省エネルギーにもつながる「頼り甲斐のあるやつ」だ。
現在取り組んでいる発電応用が実現すれば、日本の離島や僻地だけでなく山間部のネパールやモルディブなどの島嶼国に住む人立ちにも役に立つ画期的な製品になる。
奄美という離島に生まれ沖縄で大人に育った福富さん。野山を駆け抜け、海に遊んだ幼少時代の体験が今ある姿に大きな影響を与えているのは間違いないだろう。
 

株式会社トマス技術研究所

住所 /
沖縄県うるま市勝連南風原5192-42
電話 /
098-989-5895

沖縄CLIP編集部

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