沖縄の離島、皺のある風景
沖縄の離島、皺のある風景
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歴史文化
初回投稿日:2016.06.18
最終更新日:2024.04.12
最終更新日:2024.04.12
「ダン!」、「ガクン」、「ウィーン・・・」。着陸に備え車輪が機体から顔をのぞかせるときに立てる音で目を醒ます。窓から下を覗くと、降り注ぐ太陽に向かって手を振るようにキラキラ輝く海面が、ぼんやりした瞳を刺激する。飛行機が大地に降り立つ。タラップに足をかけ大きく深呼吸すると、小さな島のみずみずしい空気が身体中を駆け巡る。
泊港を出発したフェリーが、ゆっくりのんびり、波間をかき分けて西に向かう。一寸法師がお椀に乗って見知らぬ川を「どんぶらこ、どんぶらこ」と波に揺られて進むように、東シナ海を進むフェリーは北寄りの風がもたらす大きなうねりに翻弄される。揺れはいつの間にか睡魔となって、乗客をまどろみの中に引きずり込んでいく。
「フェリーの左手にクジラがいる模様です!」
乗組員のアナウンスで我に帰り、よろめきながら最上階を目指して階段を駆け上がる。目を凝らせば1kmほど向こうの海の上に、水しぶきが立つのが見えた。眠りに落ちて、また目覚めて。繰り返すこと約2時間で小さな島に到着する。「さあ、着いたよ。起きなさい!」と誰かが囁くように海の方から風が吹き抜ける。
この一年、沖縄の離島を巡る日々が続いた。仕事ではあるけれど、すごく楽しい。こんな仕事ばかりなら休みがなくても続けられるだろう。そう思わせることしばしばの離島への出張。
至れり尽くせりのリゾートホテルも、おしゃれなカフェも、気の効いたバーもそこにはない。喉が渇けば集落の中心部にある売店でオリオンビールを買い、瓶詰めのピーナッツを肴に喉を潤す。日が落ちると、辺りは真っ暗。見渡しても視界に入るものはあまりない。唯一の例外は頭上の星々。離島の夜空は都会の華やかのイルミネーションに引けを取らない魅力を放っている。
酒好きならば島に何軒かあるスナックで島の人と泡盛を飲み交わすのがいいだろう。最初は口数が少なかった島のおじさんも、顔が赤く染まり始めると饒舌になる。どこかで聞いたことがある島唄を、初めて出会った人間が一緒に歌うのも悪くない。夜の帳が島を包み、虫の鳴く声しか聞こえなくなると、そろそろ1日が終わる頃。星空を眺めながら民宿への道をたどる。
離島の朝は早い。鳥たちが日の出とともにさえずりはじめる。街なかでは見かけなくなった雀たちが、商店の前でチュンチュンチュンと飛び交っている。レンタル自転車にまたがって、行くあてもなく島を巡る。風に吹かれるようにして、たどり着いた畑では、おばあさんやおじいさんが腰を折っクワを振るっていたりする。太陽が高く昇るにつれて、畑には一人、二人と島の人がやってくる。
笑うとどの顔にも深い皺ができる。どの手にも深い皺が刻まれている。皺は人生の勲章だ。皺の数は経験してきた喜びや悲しいを示し、皺の深さは心根の清らかさを表している。「皺と皺を合わせると幸せ」というキャッチフレーズがあるけれど、皺のある人は、皺を隠さない人は幸せそうに見えるのはなぜだろう。
太陽が昇ると目を覚まし、日が沈むまで働く。せっせとクワを降りおろす。土に混じる石くれにカチンと当たると、クワを置いて、石を道端に放り投げる。そのようにして一日が静かに流れていくのだろう。かぼそいせせらぎが、海に辿り着くころには広くて深い大河になるように、すべすべでぷるんとした肌にはやがて、深い皺が刻まれる。
沖縄には人が住む島が39もあるそうだ。それぞれの島にはその島独特の言葉があり、それぞれ島にはその島特有の匂いや時間がゆったりと漂っている。そして、それぞれの島で深い皺を勲章のように身につけた女性たちや男性たちが、地球と話でもしているかのように、深く腰を曲げ、クワを大地に振り下ろしている。
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