沖縄を代表する老舗料亭「料亭那覇」の魅力
沖縄を代表する老舗料亭「料亭那覇」の魅力
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あそぶ
初回投稿日:2018.09.20
最終更新日:2024.07.24
最終更新日:2024.07.24
花街・那覇市辻(つじ)の歴史は、琉球王国・第二尚氏王統11代尚貞王(しょうていおう)の時代まで遡ります。1672年、辻と仲島が創建。渡地を含めた、「辻・仲島・渡地(チージ・ナカシマ・ワタンジ)」は三大花街としてその名を馳せます。1908年、仲島と渡地が辻に統合されたことにより、辻には政財界や教育界をはじめ、あらゆる人々が集い、夜毎、高度な接待や華やかな宴が繰り広げられました。しかし1944年、「10・10空襲」により辻は消失、270年あまりの歴史に幕を下ろしました。
【写真提供】料亭那覇
そして戦後。辻はふたたび、食事と琉球芸能を堪能できる料亭が立ち並ぶ花街として復活、各界著名人をはじめ多くの人々が足繁く通いました。なかでも、「料亭松之下」、「料亭左馬(さま)」、「料亭那覇」は那覇の三大料亭と呼ばれたそうです。しかし、栄枯盛衰。時代は流れ、現在も営業されているのは唯一「料亭那覇」のみとなりました。
南国らしくブーゲンビリアに彩られた門扉をくぐる際に、ふわっと漂うヤコウボクの甘い香りが、料亭への期待と気分を盛り上げてくれます。
辻の一角に佇む「料亭那覇」は、トゥシビー(生年祝い)といったお祝いや会合などで、地元ウチナーンチュもよく利用される老舗料亭として知られています。
エントランスホールにて、料亭那覇代表取締役・上江洲安明(うえず・あんめい)さん。上江洲さんに辻の歴史をたずねてみるのも「料亭那覇」の愉しみのひとつです。
「内地の料亭とはどこか違いがあるのでしょうか?」
「うちは内地の料亭のようにお庭はありません。お客様がたくさんいらしたので、お庭よりもお部屋を優先してつくりましたから。大きな違いは、何百人でも対応可能で、同時に何組ものお客様をお迎えできることでしょう」
と、素朴な疑問に答えてくださった上江洲さん。「料亭那覇」の有する部屋数は35室。もっとも大きな部屋は300名の対応も可能で、収容可能人数は1,000名というから驚きです。
部屋はそれぞれ趣があり、調度品も異なるそう。【写真提供】料亭那覇
全館すべて畳間の個室で構成されている館内を、営業課長・嶋まゆみさんに一部案内していただきました。階段を上ったり下りたり、少し入り組んだつくりになっています。館内を行き交う艶やかな琉装姿の踊り子さんたち、せわしなくお料理を運ぶ着物姿の中居さんたち。建物のつくりと活気ある廊下の雰囲気は、映画『千と千尋の神隠し』の舞台となった旅館とイメージが重なりました。
ステージを備えたお部屋もあり、テーブルと椅子を準備することも可能です。個室の畳間は、大人はもとより、小さなお子さま連れも安心して気兼ねなくくつろげるのが嬉しいですね。【写真提供】料亭那覇
宮廷料理のひとつ「東道盆(とんだーぼん)」(左上)がつくコースも人気なのだとか。【写真提供】料亭那覇
お料理はコース料理が用意されています。コースのひとつを見てみると、ミミガー、島らっきょう、もずく、ジーマミー豆腐などの前菜に、イセエビの雲丹焼、クーブイリチー、ラフテー、ジューシーや中身汁など、琉球料理の定番が並びます。コースはいろいろなお料理を楽しめるのが良いですね。とてもボリュームがあるので、おなかいっぱい満たされます。
「基本的なことですが、お料理は温かいものは温かいうちにお出しします。琉球で食されている料理を、宮廷料理、家庭料理、和風料理などにさまざまなスタイルでご提供しております。アレンジにとんだ味をお楽しみください。料亭那覇は『イセエビの雲丹焼』の発祥店だと聞いています。どのコースにも必ずイセエビの雲丹焼はついてきますよ」と少し誇らしげな笑みが嶋さんからこぼれました。もちろん、イセエビ大好きな私も笑顔になります。
【写真提供】料亭那覇
琉球料理に舌鼓を打ちながら、ぜひ愉しみたいのが琉球舞踊(琉舞)です。
「老舗料亭なので、『料亭那覇』でしかご覧いただけない琉球舞踊があります。他店様のようにショーの時間が決まっているのではなく、お客様のタイミングに合わせて踊りを入れられます」と嶋さん(※琉球舞踊はご予約の際に別途オーダーください)。個室でゆっくりとコース料理をいただきながら優雅な舞を堪能、気分はさながら “竜宮城”です。
上江洲さんは、「踊り子さんたちには、芸を磨くことを求めています。ただ“モーレばいいさ(舞えばいいさ)”というような気持ちの踊り子さんはいりません。踊り子さんには、琉舞をご覧になったお客様が感動するような、感激するような踊りをやりなさいと言っています」と語られました。その言葉は、料亭の歴史を守っていく上での“プライド”を、踊り子さんたちにも求めているのだと感じられました。
「『料亭那覇』は琉球料理と琉球の芸能、つまり琉球の文化を売っていると意識しています。琉球の素晴らしい文化を多くの方に知っていただきたいのです。それと同時に、私は辻のイメージを変えたいと思っています」と言って、上江洲さんは次のように辻の歴史を語られました。
「尚貞王時代につくられた辻は、女性たちだけでひとつの町を構成していました。辻は、世界でも類を見ない女性だけの町だったのです。彼女たちは接客や芸事だけでなく、料理、洗濯、縫い物から豚の世話まで、生活に必要なことをすべて身に付けていました。また、辻の女性たちはきちんと教育を受け、礼儀作法もしっかりと身につけていたので、最高のおもてなしができました。そんな彼女たちがとくに大切にしたのは、“義理・人情・報恩”なのです」。
「特筆すべきことは、辻には秩序があり、女性たちには品位があったことです。辻の女性たちにまとまりがあったのは、もともとは首里城にいた教養のあった女性たちであったからだと考えられます。城内で暮らしていた女性たちが辻に下りてきて、辻のアンマー(抱え親・貸座敷の女将)となった。豆腐ようやラフテーなどは当時の庶民の食べ物ではありませんから、彼女たちが宮廷料理を辻に持ち込んだと考えると自然です。そして、辻から、接待、社交、芸能、行儀作法、髪結い、衣装、料理など、あらゆる文化が生まれたのです」。
「辻は女性が花を売る遊郭というイメージがありますが、そうではありません。辻には、吉原のような黒塀もありませんでしたし、見張りの男性門番もいませんでした。辻は、食事や芸能を楽しむ、社交のための花街なのです。あまり知られていませんが、辻の女性は高額納税者でもあったのですよ。私は辻の誤ったイメージを変えたいと考えていますし、辻を守るのは私の使命だと思っています」。
穏やかだけれども、熱意をもって語る上江洲さんから、辻に対する強い想いと信念に基づく責任感がひしひしと伝わってきました。
上江洲さんの口からは、辻の女性たちがもっとも大切にしていた「義理・人情・報恩」が繰り返しこぼれました。「料亭那覇」の創業者である上江洲フミさんも「義理・人情・報恩」を非常に大切にされていたそう。その想いは、2代目である代表・上江洲安明さんにもしっかりと受け継がれていました。
沖縄民謡のステージもお楽しみのひとつ。もっとたくさん民謡を聴いてみたい方は、料亭から歩いて30秒にあるグループ店・ステーキハウス「Mr.マイク」で民謡ライブに酔いしれるのも一興です。
情緒ある佇まいは、半世紀以上続く料亭の歴史が紡いだもの。「料亭那覇」で過ごすひとときからは、かつて辻が華やかな社交場であったようすを思い描くことができます。それは、料亭に関わるすべての人たちが、上江洲さんの信念や想いを汲み取り、その想いが隅々まで行き渡っているからだと感じました。辻の女性たちが大切にしてきた「義理・人情・報恩」の想いがいきている限り、「料亭那覇」はこれからも輝き続けることでしょう。
※「料亭那覇」では、琉装体験や、琉装でのお食事なども可能だそう。詳しくはお問合せください。
料亭那覇
- 住所 /
- 沖縄県那覇市辻2-2-11
- TEL /
- 098-868-5577
- URL /
- http://www.ryouteinaha.com/
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