沖縄観光情報:心を洗われたいときにおすすめの、与那国島・比川集落の豊年祭

心を洗われたいときにおすすめの、与那国島・比川集落の豊年祭

post : 2015.08.31 12:00

 
夏から秋にかけ、日本のあちこちで開催されるお祭りは、文字通り季節を歌う風物詩。土地の肌触りとか、人の体温、暮らしの佇まい、そして自然の息遣いとか、そういうものを六感を使って感じるお祭りは、「生きている文化」に触れる絶好の機会だ。
 
日本であって日本でない沖縄のお祭りは、内地のそれとはひと味もふた味も違うオリジナルな色や熱をその中に孕(はら)んでいる。そして、沖縄でも、本島と八重山は大きく違うし、八重山地域でも石垣島と与那国島とでは、祭りの味わいは素人目に見ても違うようだ。それこそが地域性というものだろうし、沖縄を旅するということは、普段は意識することのない地域性に直に触れる機会なのかもしれない。

 
たとえば日本のはるか西の果てにある与那国島では、毎年旧暦6月以降の丙午(ひのえうま)の日に、豊年祭という手づくり感溢れる「お祭り」が開かれている。今回初めてお邪魔したのは、テレビドラマ『Dr.コトー診療所』で一躍有名になった比川(ひがわ)集落。
 
バックパッカーの間では知らない人がいないルポライターの沢木耕太郎さんも、『視えない共和国』という作品で比川のことを書いているから、テレビをあまり見ないという人でもご存知かもしれない。そのように時折人の目を惹きつける、わずか30数戸のこじんまりした集落では、他にはない、ほのぼのしたお祭りが楽しめるのだ。


 
さて、与那国島で開催される豊年祭は一期作目の稲刈りの直後に当たることが多いらしい。だから、豊年祭は初めての収穫に感謝し、これから先の五穀豊穣を神様にお願いする大切な儀式でもある。川らしい川がないこの小さな島では、「夏の間十分な雨に恵まれますように…」と、心を込めてお願いする切実な機会にもなっているそうだ。
 

過疎化が深刻になっている近頃では、「集落にたくさんの子どもが生まれますように」と、子宝を願うための場にもなっているとのこと。実際、豊年祭の最中に挨拶をした人の多くが、比川集落の子孫繁栄を切実に訴えていた。

 
豊年祭の会場は、ムラの中心地から少し離れた御嶽(うたき)と呼ばれる緑深い聖地だ。この日のために、集落のみんなで草を刈り、きれいに掃き浄めたあとに、テントが張られ、ブルーシートが敷かれ、居心地のいい会場ができあがる。
 
祭りが済んで撤収すれば、何事もなっかたかのように元の静かな空間が再び現れる。「人の行為をなるだけ小さなものにして、自然や生きものや神様の邪魔にならないようにしよう」。そういう謙虚さが実に沖縄らしい。
 
予定の時間がきたのだろうか、舞台の脇にドゥタティ(与那国伝統の格子柄の着物)を身にまとった男性が登場する。やがて、ンヌン(太鼓)、カニン(鉦)、フィ(笛)が奏でる厳かなメロディが会場を神聖な空気で満たしはじめた。今まで耳にしたことのある沖縄の伝統音楽とはかなり違うエキゾチックな旋律が、心地よいバイブレーションとなって辺りの空気を震わせる。

 
地域の重鎮がたの挨拶が一通り終わると、舞台に女性たちが現れてスローなテンポの舞いがはじまる。祝いの席で最初に踊られる、ミティ(神酒)だ。神酒、杯、供物を両手で掲げた女性三人が音楽に合わせてゆらりゆらりと踊り出すさまは、波に揺られてニライカナイからやってくる神の使いのようにも見える。三人の男性が誘われるように舞台に近づいて、使者からお神酒などを受け取ると、ゆっくり体を揺らしながら両手で左右に捧げあげる。その様子はまるで神様を見送るかのようだ。
 
「慈しみの雨よ、やわらかに降ってください。これからの一年がどうか弥勒世(みるくゆー:極楽のこと)であってください。与那国の主と国の親のおかげで、思いが叶い、願いを果たすことができました。この日の喜びは、言葉で表すことができません。もしも、鳩だったら、鷹だったら飛び立ちたい気持ちです」。踊りに合わせて捧げられるミティ唄。豊年祭の本来の姿かたちを見事に歌いあげていた。
 


 
神様とのやりとりが無事に終わってから、わが人間たちのための余興の時間がスタートする。男たちによって演じられる棒踊が豊年祭のメインイベント。演目数もほかより多い。薙刀(なぎなた)を使ったティンバイや、演者が舞台を飛び跳ねるンビチ棒など、手に汗握る舞台の連続に会場は歓声やため息に包まれる。小さな集落にもかかわらず、途絶えることなく受け継がれてきた演目に、きっとグソー(あの世)のご先祖たちも目を細めているに違いない。


 
 
 
 
祭りの主役は成人の男だけではない。はにかみながらも懸命に演じきろうとする子どもたち。素朴だけど、しなやかで艶やかな女性たち。バリエーション豊かな演目で、息を整えるいとまもない。

 
 
 
そして、あっという間にやってきたお開きの時間。舞台上でのプログラムが終了すると、広場に場を移して、ドゥンタと呼ばれる与那国島独自の踊りでフィナーレを迎える。太鼓と唄にあわせ、手と手をつないで踊る老若男女の輪。旗頭を無事に空高く舞わせた男性たちは公民館へと戻り始める。その後ろ姿は勇ましくて頼もしい。そして、見送る人の眼差はやさしくて温かい。

 
 
 
 
 
[追記]
豊年祭に先立って地域の代表者によって雨乞いの御願(うがん)がとりおこなわれるが、御願が天に届けられると、豊年祭の儀式中に恵みの雨が降るらしい。今年の豊年祭ではミティのあと、しばらくして激しい雨が降り始めた。祈りは無事届き、世果報雨(ゆがふあめ)となって、大地を潤したのだろう。
 
 
 
与那国島比川集落の豊年祭
開催日時/旧暦6月以降の丙午(ひのえうま)の日
問い合わせ/与那国町役場 
TEL/0980-87-2241
http://www.town.yonaguni.okinawa.jp/donan-bunka/program2/1.html
 
 
 
沖縄CLIPフォトライター 福田展也
 
 
 
 
 
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