八重山の歴史的シーン 踊って歌って祝おう!「おかえり南ぬ島」

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歴史文化

初回投稿日:2015.03.14
 最終更新日:2024.03.27

八重山の歴史的シーン 踊って歌って祝おう!「おかえり南ぬ島」

2013年3月7日、新石垣空港が開港!

以前の、レトロで小ぢんまりとした空港とは比べものにならないほど立派な八重山の玄関口ができあがりました。
開港、そして前日の石垣空港の閉港。その前後にはたくさんのイベントも行われ、おまつりのような開港ウィークでした。

カウントダウンが始まり、その日が近づくにつれ、関係する県や市の職員、観光業者、入居テナント業者、引越し業者、マスコミ、本当に多くの人たちが忙しい毎日を送りました。新空港建設案が出てから実に32年。愛称“南ぬ島(ぱいぬしま)石垣空港”の開港を迎えました。

石垣島のコンパクトな街のすぐ横にあった旧空港。

旧石垣空港


街のすぐ上スレスレを、轟音とともに飛行機が降りてくるのが日常でした。危険ではあったけれど、その光景が好きな人もとても多かったんです。最後の数日は、その光景を写真に収める人たちの姿があちこちで見られました。




旧空港では、飛行機の乗降はすべてタラップからでした。ローカル空港ならではのこの風景。

旧石垣空港


新空港になると、PBB(パッセンジャーボーディングブリッジ)が島に初めて設置されました。

新空港PRソング「おかえり南ぬ島」も石垣島出身のBEGINときいやま商店によってつくられ、プロモーションビデオでは、島民750人が踊りました! もちろん私も…。

曲を歌うきいやま商店は、開港前の滑走路でも撮影。取材にいった私も、長く伸びる滑走路をここぞとばかりに走っておきました。

新石垣空港の滑走路

もう今はこんなことできません。

「おかえり南ぬ島」

 

3月6日、ついにきてしまった、石垣空港閉港日。

午前中空港に着くとすでにたくさんの人が来ていました。どんどん人は増えていって、夕方にはターミナルに入りきれない人。駐車場はずっと満車で、溢れる車。

旧石垣空港

島の人たちのたくさんの思い出がつまった、小さな小さな空港。最終便を多くの島の人と見送った時は、とても感慨深かったです。

旧石垣空港

その後22時頃に閉港式が行われ、石垣空港は57年の歴史に幕を閉じました。

そして、余韻に浸るひまもなく、空港関係者、航空会社の人たちは夜通しの引越し作業。朝6時には新空港でセレモニーが始まります!

3月7日、開港日。開港セレモニーが華々しく行われました。

新石垣空港

8時すぎ、貴重なチケットを手に入れた人たちを乗せた那覇からの第一便が到着。そしてそのすぐ後に、満席の初便が離陸。韓国と台湾からのチャーター便もこの日に合わせてやってきました。そして、この夜は島を挙げてのお祝いが行われました。PRソング「おかえり南ぬ島」を“ビギやま商店”の生演奏で歌い踊る。

島の人、これに合わせてきた島外の人、なんと総勢5000人!

私はステージ横に組まれた足場の上から、撮影しながら見ていました。ここにいる人たち全員が、笑顔で開港を祝い、踊る! 本当に感動しました。

イベント
写真提供:ISG-project

その時の映像もどうぞご覧ください♪ 
開港日、踊って歌って祝おう!「おかえり南ぬ島」

 

 

閉港と開港、怒涛の数日。八重山の歴史的シーンに立ち会えて本当によかったです。

あれから2年。八重山観光は好調が続いています。課題は山積みですが、島の人たちは、一過性のブームでは終わらせないと日々奮闘しています。これからもたくさんの人が新空港へ降り立って、その人たちが八重山を愛してくれますように。

新石垣空港
 

笹本 真純

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