伝統工芸とポップカルチャーのコラボレーションが紅型の新しい可能性を切り拓く
伝統工芸とポップカルチャーのコラボレーションが紅型の新しい可能性を切り拓く
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歴史文化
初回投稿日:2018.04.24
最終更新日:2024.04.12
最終更新日:2024.04.12
母親から受け継いだ伝統的な紅型工房と、紅型を現代的なライフスタイルに応用したbin OKINAWAというブランドを主宰する傍ら、アーティストとして紅型を芸術の世界に広げている若者が沖縄にいる。「アメリカ海兵隊の普天間基地を見下ろす嘉数(かかず)高台」の近くにある紅型研究所染千花の知花幸修(ちばな・ゆきなが)さんだ。
「bin OKINAWAは若い世代にも紅型や沖縄の工芸に興味を持ってもらいたいと立ち上げたブランドです。クリエイティブで、発想がしなやかなデザイナーとの出会ったとき、チームを組むことで紅型の新しい世界を作り上げることができるんじゃないかという気がしたんです。ブランドの世界観には、自分がこれまで出会ってきたポップアートなどのサブカルチャーや、グラフィティアートなどのストリートカルチャーのエッセンスが反映されています。『よくわからないし、ダサい』とか、『観光客のお土産物で自分には関係ないもの』と感じている若い人が反応しそうなセンスやテイストを盛り込むようにしているんです」。
そう語る知花さんは、幼い頃から絵を描くのが好きだったし、母親を通して紅型の世界にも慣れ親しんできた。高校卒業後は沖縄県立芸術大学の染織コースに進学。様々な型染を学んだ。勉強の傍らバンドも始めた。ジャンルはハードコア。シャウト系のボーカルに始まり、シンセサイザーに移行した。県外にライブ出演に行くことも少なくなかった。音楽畑でもグラフフィティやアートに触れる機会も増え、サブカルチャーの魅力にどっぷり浸かった。
何が何でも染織をやりたいという強い思い入れはなく、卒業後、2年くらいはアルバイトをしながら生活した。「当時はフラフラしていましたね。『仕事は何をしてるの?』と聞かれて『フリーター』って答えるより、『染織家です』って名乗れたらかっこいいだろうなというくらい、漠然とした気持ちで母の工房に入ったんです。もちろん今は真剣に取り組んでますけどね」。あっけらかんと言葉にするが、彼独特の人生の歩み方が今の知花さんをつくりあげたのだろう。
「火がついたのは、2年目くらいからです。最初は母のやることの模倣ばかり。今思えばそれが良かったんですけどね。2013年頃にクラフト&クリエーションという展示会がコザのプラザハウスで開かれて、大学時代の作品を出展させてもらったしたんです。オオタニワタリをモチーフにした型染で、幅3m高さ1.8mくらいのサイズでした。そしたら、ムーンビーチホテルで3~4ヶ月展示していただけることになって、それを見てくださった紅型作家の金城宏次さんからも声がかかって、交流が始まったんです。母が、『自分がやりたいと思う世界をやってみなさい』と背中を押してくれのもちょうどその頃でした」。
知花さんが影響を受けているサブカルチャーは他にもある。「昔から大好きな漫画からも影響を確実に受けてます」。メジャーどころだと手塚治さんの『火の鳥』、最近のものだと弐瓶勉さんの『BLAME!』がなかでもお気にいりだそうだ。「漫画のコマ自体が好きなんです。だから引き伸ばして、紅型で再構成して表現しています」。
たとえば、火の鳥に登場するウズメというキャラクターを元にした漫画シリーズは2015年の作品だ。「火の鳥のウズメは、『岩戸隠れ』の伝説など日本神話にも登場する芸能の女神で、日本最古の踊り子の天鈿女命(アメノウズメ)がモチーフなんです。沖縄も芸能の島じゃないですか。そして、切ってもきれない米軍基地との関係性をウズメとライフルで表現しようと思ったんです。吹き出しには紅型組合が定めた基準を英訳したものを書き込みました」。いずれはもっとしっかりした作品を制作して、手塚プロダクションにもきちんと話を持っていきたいと考えている。
「紅型を知らなくても興味を持ってくれるように」と考えた作品は、漫画シリーズだけではない。アーティストとしての知花さんの最終的なゴールはシェパード・フェアリーやカウズ、もっとポピュラーなところだとキース・へリングのようなアーティストが活躍するポップアートの世界に紅型を発信していくことだ。
斬新なこの作品は、女子学生とセーラー服以外は古典柄。「どうしたら紅型に興味がない人にも見てもらえるか、そして海外にも発信していけるか。考えついたのは、コミックと古典をミックスさせたシリーズです。こうした動きは僕が始めたんじゃないんですよ。エヴァンゲリオンの武器を伝統的な刀鍛冶の職人が制作したり、そういう事例を参考に、自分も紅型を表現できるだろうと考えたんです」。そのようにして2017年2月に完成したのが『パンチラシリーズ』だという。
メインモチーフの女子学生は、アニメーターの友人に依頼して描き下ろしてもらった。「伝統をサブカルチャーに融合させることがタブー視されがちなのは分かってはいます。でも、自分はそれをやりたいんです」。日本のアニメは「kawaii」と同様に世界標準だから、知花さんの作品は国境を超えるだろう。知花さんのチャレンジは色々な意味でハードルが高いが、狙いは的を射ているし、彼の志が伝われば、より多くの人も理解してくれるだろう。
「ポップな作品だから、簡単にやってるように思うかもしれませんが、見る人が見たら、かなり煩雑な行程を経てこの作品が仕上がっていることがわかるはずです」。そう語る知花さんの表情には、強い信念が見て取れる。
「新しく始めたシリーズがあるんですよ」と、まだ非公開だという作品を見せてくれた。「『琉球アイデンティティシリーズ』と名付けたアニメ系の作品です。キャラクターは完全なオリジナルで、この女の子は染子(せんこ)っていいます。見ざる言わざる聞かざるをテーマにしたものです」。
もうすぐ公開されることになっているというこの作品は17世紀初めの薩摩侵攻や沖縄戦をくぐり抜け、ことあるごとに復興してきた沖縄文化をテーマにしているという。それを自由で伸びやかな感性で表現している作品には、今までにない新しい可能性が秘められている。
そうは言っても、美術界で一定の地位を占めている照屋勇憲さんという前例こそあるものの、ポップカルチャーの世界では前例のない取り組みをしている知花さんには、この方向性でいいのかどうか迷うこともあっただろう。そういう気持ちから自由になれたきっかけがあるとしたら、それはこの作品が2017年の沖縄工芸公募展でデザイン賞を受賞したことだろう。ヤンバルクイナにウッドランド迷彩を組み合わせたメインモチーフは、アメリカ文化の影響を受けて育ってきた若い世代のウチナーンチュを象徴したものだ。幾何学模様やこコミックで多用される集中線に、伝統柄を合わせているあたりが新しい。
「この作品は、実は7種類の型紙を組み合わせた複雑な構成で、自分的には現代版古典に仕上げたつもりなんです。モチーフの一つのイジュの花は母のデザインだし、そのほかの柄も、母やその上の世代のものを取り入れています。そして、世代から世代への文化の継承という要素も隠されているんです。先輩たちが受け継いできた古典を、自分たちのものにしていこうと試行錯誤している若い世代も表現しています」と、知花さんは顔をほころばせる。
けれども、追求しているのは新しさだけではない。
「染千花として制作している紅型作品は、母親経由で受け継いだ伝統技法で作り上げた和装に欠かせない帯や、タペストリーなどが中心です。古典的なモチーフを使っていますし、母のオリジナルデザインも引き継いで使っています。基本に忠実に制作していますが、母の代からそうだったように、デザインや構成はオリジナルなものが多くて、個性が強いかもしれません。価格も高く、普通の人にとってはなかなか手が出ませんが、世界に同じものがない一点ものですから愛好家には根強い人気がありますよ」。
沖縄の工芸界では新しい伝統を作り上げようという動きが、復帰以降に生まれた若い世代を中心に盛り上がってきている。紅型の世界で芽生え始めた新しい生命が、今後どんな花を咲かせどんな実をつけるか、これからが楽しみだ。
◎作品はオンラインショップで購入できます。
◎紅型染の体験や教室も開催しています。
紅型研究所 染千花
- 住所 /
- 沖縄県宜野湾市嘉数3-16-7
- 電話 /
- 098-890-0560
- サイト /
- http://somesenka.com (紅型研究所 染千花)
- Instagram /
- https://www.instagram.com/somesenka/
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