琉球王国時代から続く紅型三宗家のひとつ「知念紅型研究所」(那覇市)を訪ねて <後編>

琉球王国時代から続く紅型三宗家のひとつ「知念紅型研究所」(那覇市)を訪ねて <後編>

Reading Material

歴史文化

初回投稿日:2021.02.05
 最終更新日:2024.06.12

最終更新日:2024.06.12

琉球王国時代から続く紅型三宗家のひとつ「知念紅型研究所」(那覇市)を訪ねて <後編> クリップする

琉球歴文化体験モニタープログラム

※こちらの記事には <前編> がございます。


【工程3.色差し(いろさし)/うちなーぐち「イルジャシ」】
「色差し」は、色を差す(染める)工程です。薄い色をのせてから濃い色でぼかすという手法がとられます。

同じ型紙でも配色を変えることで、まったく違った印象になります。印象を左右する彩色を決める「色配り(イルクベー)」は冬馬さんが指定されます。

色差し
ひとつひとつ、丁寧に、2本の筆を使い分けて、豆汁を混ぜた顔料が刷り込まれていきます。

色差しに入る前の下準備として、「呉引き/豆引き(ごびき)」という工程が入ります。呉引きとは、生地に「豆汁(ごじる)」を刷毛引きすることです。「地入れ(じいれ)」とも言われ、うちなーぐちでは「グークァースン」と言います。

豆汁とは、水でふやかした大豆を搾った手作りの液体。豆汁に含まれるタンパク質によって、顔料や染料の滲み(にじみ)防止効果とともに、生地への色素接着を助ける働きがあります。

顔料
色差しには、顔料を使います。こちらも紅型ならではのポイント。

顔料にも豆汁を混ぜて使います。顔料は水に溶けず、そのままでは生地に付きませんが、豆汁を加えることで繊維に定着します。

鉱物を砕いてつくる顔料は粒子が粗く、生地の表面にとどまります。そこで、2本の筆を使い分けて刷り込んでいきます。まず「つけ筆」で顔料を生地にのせ、「すり筆」で刷り込んで生地の奥まで定着させます。刷り込み用のすり筆には、沖縄の女性の黒髪が使われています。

すり筆
「紫外線に強く、色が褪せにくい」という理由から用いられる顔料は、定着すると染料より鮮やかに発色します。顔料だからこそ、沖縄の太陽にも負けない色の力強さ、沖縄の原風景の色彩を表現できるのです。

すり筆
【工程4.隈取(くまどり)/うちなーぐち「クマドゥイ」】
「隈取」は、濃淡を表現する紅型独特の技法で、色差された柄にさらに濃い色を重ねてぼかしを掛けていきます。

色の補強効果もある隈取を施すことで、立体感とやわらかさ、深みをもたせることができます。

隈取(くまどり)

「隈がなければ紅型らしさはまるででてきません。隈の形、ぼかし方で柄の生き死にが決まります」。冬馬さんが「特にこだわりたい」とおっしゃる工程のひとつです。

【工程5.蒸しと水元(みずもと)】
蒸し器100℃で1時間、生地を蒸します。蒸すことで繊維が開き、顔料の定着と発色を促すことができます。

蒸しと水元(みずもと)
右奥の三角屋根が蒸し器です。夏場は大変な暑さになるのだとか。


「琉装は室町時代の日本の装いに似ており、和装のような帯はしていませんでした。戦後、帯を締めるスタイルになってから蒸す工程が加わったのです。琉球国時代は蒸す工程はほとんどなく、祖父の代では蒸してしまうと紅型として認められないこともありました」と冬馬さん。

帯を締めることで摩擦が発生しますので、これまで以上に色素の定着が必要になり、蒸す工程が入ったと考えられるようです。

「時代とともに、紅型の定義も変わっているのです」と語られました。

水元(みずもと)

蒸した生地は、防染糊や生地に定着しなかった余分な顔料をきれいに洗い流す「水元(みずもと)」と呼ばれる作業を行い、乾かします。


【工程6.糊伏せ(のりぶせ)/うちなーぐち「ビンウシー(紅伏)」】
柄以外の部分を「地(じ)」と言い、その地の色を染めること「地染(じぞめ)」と言います。

「糊伏せ」は、地染を行うための準備工程で、柄や地色(地になる色合い)を入れたくない部分に防染糊をのせていきます。

糊伏せ(のりぶせ)
手にされている糊の入った筒袋の口金は銃の「薬莢(やっきょう)」です。


色差しした柄を糊で伏せることをうちなーぐちで「ビンウシー(紅伏)」と言うそうです。

糊伏せ(のりぶせ)

【工程7.地染(じぞめ)】
柄には顔料と豆汁を用いましたが、地染には染料が用いられます。染料はおもに植物からつくられ、粒子が細かく生地に浸透しやすい性質です。「顔料は生地に定着する感覚で、染料は糸に染まる感じですね」と冬馬さん。

性質の異なる顔料と染料を併用することで、柄が引き立ち、紅型ならではの鮮やかさが表現されるのでしょうね。


【工程8.蒸し・水元】
再び蒸して、きれいに洗い流します。

蒸し・水元

【工程9. 乾燥・完成】
洗った生地を張り出して乾燥させ、湯のしをかけたら、ようやく完成です。

 乾燥

紗張り、地張り、上塗りなど、工程は他にもありますが、以上おもな工程をご紹介いたしました。

紅型
<写真提供> 知念紅型研究所

工房の紅型の特徴をお尋ねしたところ、「王様が使っていた色、古典紅型の色を多く取り入れた明るくてはっきりした色合いが多いのが知念紅型研究所の特徴です。また、祖父の代から縁起の良い柄、ふくら雀や竹が多いですね。ふくら雀とは冬の雀で、ふくふくとしていて、食べ物に困らないようにという願いを込めて描いています。竹は健康にすくすくと良く成長するようにと」と冬馬さん。

沖縄には、琉球国時代から伝わる型紙が、第2次世界大戦の戦火を免れて残っています。その数およそ2,000枚。うち約1,000枚は、奇しくも下儀保5代目・知念績昌(せきしょう)氏が所蔵されていた知念家の型紙を香川県の鎌倉芳太郎氏に譲られていたからだそう。詳細に伺えばここだけで本が一冊書けそうです。

知念冬馬さん

「もしほかの紅型三宗家の特徴がお分かりになれば教えてください」とお願いしたところ、「祖と言われる沢岻家は現在作っておられないのでわかりませんが、城間(しろま)家といえば、栄喜(えいき)さんです。戦後、途絶えていた紅型の復興と後継者育成に多大な功績を残された方です。栄喜さんは戦前と戦後をつないできたストイックな方で、紅型を現在の形に昇華させた方です。城間家は波やハリセンボンなど、海のモチーフが多く、グレーの使い方がきれいです。グレーと紫の綺麗なバランスが僕は好きです。女性らしく、やわらかく、けれど琉球の力強さがある色使いなんですよ」と教えてくださいました。

加えて、「戦前の古典柄で、ひとつの柄に紅葉と桜と雪輪が同時に描かれているものがあります。どれも沖縄にはないものです。本土のものがモチーフとなっているんですよね。そこには、本土への憧れとともに、相手を理解しようとする想いがあったのではないでしょうか」と語られました。


ここで知念冬馬さんの素晴らしい作品を代表して2点ご紹介したいと思います。いずれも、たいへん高度な技術と非常に手間と暇がかかる芸術作品です。

紅型
知念冬馬さんの作品「両面朧型『碧海』」

1点目は、2018年「第71回沖展 奨励賞」受賞作品「両面朧型『碧海(へきかい)』」です。

通常は1枚の型紙を使って染めるところ、複数の型紙を用いて染める技法「朧型」によって複雑で奥行きのある文様となります。加えて作品には、生地の表と裏に全く同じ技法を施す「両面染」が用いられています。

「両面朧型」は高い技術力が必要な上、非常に手間がかかるので、市場にはほとんど流通していないそうです。

「2倍大変なのではなく、10倍大変です」とおっしゃる知念さんのお言葉にその労力は推して知るべし。にしても、軽やかで魚が活き活きとしていて涼しげ。とても美しい作品です。

紅型
知念冬馬さんの作品「三枚朧型絵羽小紋『時雨』」

2点目は、2020年「第72回沖展 奨励賞」受賞作品「三枚朧型絵羽小紋『時雨』」です。

ひと目みて、非常に細やかなデサインだとわかる作品。こちらも朧型で、なんと三枚の型紙を使っておられます。アクセントとなる黄色の線は「ティーチキビン」と呼ばれる後差し工程で、さらにひと手間加えられています。緻密なデザインに沖縄がたくさんつまったとても愛らしい作品です。

紅型の道具

口金が薬莢の「筒袋」、顔料を生地にのせる「つけ筆」、沖縄の女性の黒髪で作られた「すり筆」。紅型の道具はほとんどが手作りです。


まだまだご紹介したいことはございますが、そろそろ筆を置かせていただきます。

その前に、ぜひお届けしたいのは、知念紅型研究所の公式サイトに綴られていた次の4文です。

「紅型は歴史の中で何度も消えかけてきました。薩摩侵略、琉球処分、太平洋戦争など。

沖縄の文化や技術はその時代の荒波を乗り越えて現在に繋いで、着物や帯など現在の形に進化してきました。

紅型は沖縄の歴史そのものと言っても過言ではありません」


たった4文ですが、 ウチナーンチュの紅型職人だからこそ綴れるのだ、と思いました。

知念冬馬さんと奥様の瑠衣(るい)さん
知念冬馬さんと奥様の瑠衣(るい)さん。瑠衣さんも紅型職人として10年ほどのキャリアをお持ちだとか。ご夫婦としても紅型職人としてもお互い良きパートナーです。


「紅型には沖縄の歴史や文化がつまっています。紅型を知ることは、沖縄の歴史と文化を知ることにつながるのです。道具も含めて紅型の歴史ですから、絶やさずしっかりと、丁寧に伝えていきたいです。
並行して、紅型を次の世代に、伝統という言葉に頼ることなく、人々の暮らしのなかにある工芸として引き継げるようにすることが目標のひとつです。
そのためにも、琉球国時代からの伝統を大切にしつつ、みなさまに紅型をもっと身近に感じていただける存在に引き寄せてお届けしていきたいと思います」。

笑顔で語った後、空を仰いだ十代目の横顔は、とても清々しく感じられました。

紅型
<写真提供> 知念紅型研究所


割愛させていただいた部分も多々あり、数回に分けてお届けしたいと思うほど、沖縄の碧海のように広大で奥深い「琉球びんがた」。

琉球の歴史とともに歩んできた美しい「琉球びんがた」は、これからも、沖縄を愛する志高き職人たちの手によって、沖縄に息づいていくことでしょう。
 

関連する記事

知念紅型研究所

住所 /
沖縄県那覇市宇栄原1-27-17
営業時間 /
9:00~17:00
電話 /
098-857-3099(平日9時~17時)
定休日 /
土日祝日
HP /
https://www.chinenbingata.com/
安積美加

同じカテゴリーの記事

琉球歴文化体験モニタープログラム